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W号戦車C型
「経済の総動員が命令された…」(by ゲオルク・トーマス大佐 1939年9月3日)
テスタロッサ2世   2018.4.21-13:12


ジェネラル・アトミックス MQ-9 リーパー
2013年10月に、ソマリア南部でイスラム原理主義組織の幹部が無人機による攻撃で爆死した、という出来事があったけど、手を下したのは米軍ではなくケニア軍だったり。平成の世も終わろうとしている今の時代、既に「無人機攻撃」は、一部の先進国のみの専売特許ではなくなっているってか。


Predator(上)世界で最も有名な無人航空機「プレデター」とは
tp://welovedrone.com/uav-rq1/
テスタロッサ2世   2018.4.20-21:50


空母シャルル・ド・ゴール
ナイル海戦で爆沈した仏艦隊旗艦「オリアン号」は、最近では「ロリアン号」と表記するのが主流になっているみたいだなー
テスタロッサ2世   2018.4.20-21:39


ナイルの海戦(オリアン号大爆発)
ネルソンの時代には、負傷の処置はまだきわめて初歩的な段階にあった。それに軍艦に乗り込む軍医たちも、医師としてトップレベルの者たちとはいえなかった。こうした理由から――それに加えて、一八世紀の海戦というものが戦闘員の肉体を切り刻むような性質のものであったので――交戦中の軍艦の医務室はさながら阿鼻叫喚の流血地獄のさまを呈していた。(中略)
ナイルで戦った戦艦の医務室の中の様子について、目撃者による記録は存在しないが、手ひどくやられた艦の医務室の中は、一年足らず前におきたキャンパーダウンの海戦のときの軍医の報告と変わらないだろう。「交戦中に九〇名の負傷者が運ばれてきた。医務室全体、甲板、ケビン、巻いた錨鎖の上、それにわたしの手術台、包帯置場にまで負傷者があふれかえった。その結果、一時は負傷者たちが降ろされてきた階段(ラッタル)のところで、折り重なるようにして寝かされている時もあった。
ジョゼフ・ボナーは砲弾によって、右足を骨盤ちかくからもっていかれたので、止血帯をつけることが不可能だった。右腕も粉々になっていた。とても太い腿の断裂面は大きく広がって、恐ろしいほどだ。こんな状態でボナーは二時間近く生きていた。その間意識は完璧に明瞭で、しっかりした声で、わたしに助けてくれとたえず叫び続けた」
軍医はさらに、四方八方の負傷者、瀕死の者たちからの「助けを求める気もめいるような叫び」、「痛みと絶望をうったえる、かわいそうな嘆きやうめきの声」が聞こえてきたと記している。

〜『ナイルの海戦』 ローラ・フォアマン&エレン・ブルー・フィリップス(著) 原書房 P184〜185より〜
テスタロッサ2世   2018.4.19-19:35


V号突撃砲
「大本営、政府共に、欧州における独逸の不敗を確信していたことは事実であった。即ち、独逸は必ず勝つとは限らぬが、敗れることは絶対にないであろうというのであった。開戦の決意も、戦争計画も、この考慮の下においてなされたというも過言ではなかった」(by 大本営陸軍部作戦課長・服部卓四朗) ※ 約7年ぶりに再掲
テスタロッサ2世   2018.4.19-19:34

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