魁!碧塾!第参話 ☆西帝でGO!☆

 「ウリはコリアの愛国者!!!
昨日はチョッパリ犯したぜ!!
明日はイルボンほってやる!!
SYAZAIしる!! SYAZAIしる!!

 「・・・・」

 「では前回までのあらすじです」

 

 「嘘吐け!!

 「ホルホルホル〜あばよ来週ソウルであおう!!!」

 「何だったんだ今のは・・・・」

 「知らん私に聞くな」

 「ホントはこっちよ」

 

 

 「しかし何故にIZUMO?」

 「それは置いといて、みんなに重大発表があるわ。」

 「ま、まさか!」

 「まさか?」

 「今回は大人の都合で総集編とか!

 「そんなにやってないだろ」

 「それでは発表するぞ」

 

 「我々はここに、SOS団の結成を宣言する!!

 「・・・・」

 「それってどう考えても涼宮ハ○ヒの憂鬱のパクリじゃ・・・」

 「Niet!Niet!Niet!

パクリでもインスパイヤでもない!アレは

界をいに盛り上げるための宮○ルヒの団

だけどこっちは

!碧塾をいに盛り上げるための浦碧の団

なんだから!」

 「もうどっからツッコミすればいいんやら・・・」

 「よし、それじゃあ後でEDのダンスの練習するよー!!」

 「踊るのか!?

 「あるはれたひのこと〜」

 「まあそれは後として、とりあえず今は授業を始めるわね。」

 「またこの人は始まりが唐突な・・・」

 

 「前回ではファルツ継承戦争について話したわ。戦争は同盟軍、フランス軍共に決め手がなく、講和条約ではフランスの大幅な譲渡で終わったわ。でもここで諦めるルイ14世ではなかった。」

 「平和は次の戦争までの準備期間・・・・」

 「ルイ14世の次のターゲットはスペインよ。この王家はオーストリア・ハプスブルグ家の遠縁、スペイン・ハプスブルグ家で、国王はカルロス2世。だけどこの王は生まれつき病弱だったわ。」

 「どうしてですか?」

 「この家は血族同士の結婚が多かったからね。そのため肉体的・精神的に障害があった。

乳離れは5歳、歩けるのは10歳。いつも妻にびくびくしていた。

それで付いたあだ名が「脱魂王」よ。」

 「絶望するほどダサいあだ名だな・・・」

 「対抗できるのは『欠地王』ぐらいだな・・・・」

 「この死亡フラグ立てまくりの王には子どもができず、自分も死にかけ。

終いには王は魔法にかけられていると信じられ聴罪師、祈祷師、巫女などでいっぱいになっていたわ。

そんなスペインの王座を狙っていたのがフランスのルイ14世とオーストリアのレオポルド1世よ。もちろんこの二人が直接王座を狙っているわけではないけど。」

 「そこまでしたら、野心が見え見えですからね。」

 「当時のスペイン王位継承者の候補は3人。

まずは前王フェリペ4世のひ孫ヨーゼフ・フェルディナンド・フォン・バイエルン。

オーストリアの後継者は神聖ローマ皇帝レオポルド1世の次男カール大公。

フランスの後継者はルイ14世の孫であるアンジュー伯フィリップ。」

 

 「ただアンジュー伯フィリップはマリー・テレーズとルイ14世の結婚の際にスペイン王の継承権を放棄していたから、この点ではフランスは不利だった。」

 「1696年、死に瀕していたカルロス2世は顧問官の大多数によって、バイエルン王子を支持することを求められたわ。

さらに1698年11月、フランス・イギリス・オランダはヨーゼフ・フェルディナンドをスペイン王と認めて王位請求権を取り下げるかわりに、イタリア内のスペイン領はフランスとオーストリアの間で分割すること協約を取り決めたわ。

カルロス2世は王者の意識に欠けていた人物だったけどこの時はその王者の意識を強く取り戻し、自分の領土を分割させないために、翌月に先にヨーゼフ・フェルディナンドを全面的な後継者に指名する遺書に署名したわ。」

 「めでたしめでたしやわ」

 「とはならなかった。

1699年2月、ヨーゼフ・フェルディナンドが急死した。

これにより、候補者はスペインとオーストリアという宿敵同士になった。」

 「各国はファルツ継承戦争のような全面戦争を望んでなく、カルロス2世も自国の領土を保つために戦っていたわ。」

 「フランス側を選んでも、オーストリア側を選んでも混乱は免れない。」

 「1700年10月2日、最終的に彼は国務会議の圧倒的の支持があったアンジュー公フィリップに彼のフランス国王継承権の放棄と引き換えにスペインの全領土の相続者へと指名したわ。」

 「え?フランスはスペインに対する領土に野心を燃やしていたんじゃないんですか?」

 「うん、カルロス2世は決してフランスのブルボン家が好きではなかったわ。」

 「じゃあどうして?」

 「もう一方の神聖ローマ帝国に継がせた場合、その勢力はあまりにも強大になりすぎるわ。

神聖ローマ帝国は1699年にオスマン・トルコとの戦争に勝利し、カルロヴィッツ条約によってハンガリー、トランシルバニア、クロアチアを手に入れたばかり。

それにスペインを相続するとスペイン本国、イタリアの一部、フランドル、中央アメリカ各地の領土を得ることとなり、これを阻止するために戦争になる。

そうするとスペインに阻止できる軍事力はなく、領土は分割される。

だけど一括相続しても戦争になったとき対抗できる勢力はブルボン家のみ。

ならまだブルボン家のほうがましってことになるわ。」

 「同じ危機ならまだましなほうを選ぶか・・・」

 「カルロス2世は今まで1度も示したことのない威厳を示してことのない威厳を示して、この命令を下したわ。

そして1700年11月1日、カルロス2世の死により、ハプスブルグ・オーストリア王朝は181年の歴史を終えたわ。」

 「カルロス2世が死んで遺書が公開されると、フランスは動揺したわ。」

 「なんで?」

 「さっきのフランス・イギリス・オランダ間の秘密分割協定を破棄するのか、それとも遺書を無視してオーストリアにスペイン王位を奪われる危険を冒すのか。

結果としてルイ14世は遺書の約束を厳守するほうを選んだわ。

スペイン大使は決定を聞き、アンジュー伯に跪いて手に接吻し、

    「もはやピレネーは存在しなくなりました」

と感動を伝えたわ。」

 「どういうことだ?」

 「スペインとフランスの間にピレネー山脈があるだろ?スペイン王家をフランスのブルボン家が継ぐことで事実上無くなったようなものだ・・・って所だ。」

 「アンジュー伯はフェリペ5世となって1901年2月マトリードに入ったわ。

これに反発した国は神聖ローマ帝国だけで、イギリスやオランダはそれほど非難しなかったわ。」

 

 

 「もっとも神聖ローマ帝国は大反発だったけどね。」

 

 

 「しかしルイ14世はここで重大な戦争勃発フラグを立てていたわ。

フェリペ5世はフランス王位継承権を捨てていなかったのよ。」

 

 「さらに他にも多くの問題があった。

フェリペ5世はアメリカでの黒人奴隷の輸入の独占権をフランスの貿易会社に与えたりスペイン領フランドルに駐留していたオランダ兵をフランス軍が威嚇する事件が起こったわ。

戦争になるのはもはや避けられない。

そんな中、神聖ローマ皇帝レオポルド1世はブランデンブルグ選帝侯フリードリヒ3世とある約束をしたわ。」

 

 

 「1700年11月16日、神聖ローマ帝国首都ウィーンで王冠条約が結ばれ、フリードリヒ3世は8000の援軍と引き換えにプロイセンの王号を得たわ。

翌年1月18日、彼はケーヒニスベルグて戴冠し、「プロイセンの王」フリードリヒ1世となったわ。

話を戻すと、1701年9月、イギリス、オランダ、神聖ローマ帝国、プロイセンがハーグ条約を結んで対仏同盟を結んだわ。

そして1702年5月、対仏同盟はフランスに宣戦布告したわ。

これがスペイン継承戦争よ。

同時期に北アメリカの植民地で起こった戦争をアン女王戦争というわ。

そして対仏同盟軍で活躍したのが

イギリスのマールバラ公ジョン・チャーチル

 


〜〜〜ジョン・チャーチル〜〜〜

 

オーストリアのプリンツ・オイゲンことサヴォイア・カリニャーノ公子オイゲン・フランツ

 


〜〜〜プリンツ・オイゲン〜〜〜

 

よ」

 「ダブルアーチャーキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!!!!!!

 「ダブルディアッカキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!!!!!!

 「グゥレイトキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!!!!!!

 「うるせ━━━━━━━━━━━━━ッ!!!!!!!!

 「(´・ω・`)ショボーン

 「つっこまないよー?

ここでこの二人の指揮官について話すわ。

まずはジョン・チャーチルから。彼はもともと王党派の人間で清教徒革命後の王政復古の後、姉がチャールズ2世の弟と親しかったことから軍人となって、英蘭戦争でフランスの英雄テュレンヌ元帥に才能を見出されて、名誉革命前にはイングランド貴族となり男爵の爵位を与えられたわ。

名誉革命の起こった時、チャーチルはオラニエ公ウィレムの軍に対する司令官に任命されたけれど、彼を始めとする軍隊は主君を裏切ってウィレム側についたの。

その後彼は枢密顧問官に任命されるけどウィリアム3世からはあまり信頼されず、1692年に大陸に亡命しているジェームズ2世と連絡を取り合っている容疑で投獄されることもあったわ。」

 「しかし、ここで彼に幸運が訪れる。1702年、ウィリアム3世が死んだ。」

 「そんな唐突に・・・」

 「死因は乗馬中にモグラの穴に足を踏み入れ落馬したケガの悪化だった。」

 「・・・・・・」

 「おい碧―、こいつら大人の言うことを信用してくれねーよ」

 (大人なのかっ!?)

 (どう見ても年齢不詳、いや、年齢があるのか?)

 「はーい、プッチャンの言った事は本当よー。彼が死ぬと弾圧されていたスコットランド人は穴を掘ったモグラを称える歌がはやったわ。」

 「それはひょっとして(ry)」

 「その後を継いだのは今は無きウィリアム3世の妻、メアリ2世の妹であるアン。」

 


〜〜〜アン女王〜〜〜

 

 「彼女はチャーチルの妻、サラ・ジェニングスの友人でチャーチルが投獄された時には投獄に反対ためメアリとは絶縁状態だったの。

チャーチルは妻の縁で女王から信任を受けたわ。」

 「同時期に彼の友人であるホイッグ党のシドニー・ゴドルフィンが大蔵卿に就任したわ。」

 「さて、もう一人の将軍、プリンツ・オイゲンについてだ。」

 「ディアッカキタコレwwwwwww」

 「やっぱりディアッカは人気やな」

 「・・・そんなに人気なのか?」

 「ああ、よみの平行世界の分身のラ(ryよりは」

 「・・・・」

 

         バキューン!!
                         ズギューン!!
            のごふぅふああ!!
ブムォォォォォンン!!
                   ゆどぬげえええ!!
            グモチュイィィィン!!
   っつとるぷひぇええええ!!
                ムブシコーン!!
ボゴォォォォン!!
              どえるどお!!
    ピキュリイイイイン!!

 

 「よみちゃーん!ストップ、ストーップ!!」

 「あー、こりゃだめだな。」

 「ジャンクになってもうた・・・」

 「大丈夫です、すぐ復活します。(何事も無かったかのように)で、ディアッカはそんなに人気なのか?」

 「そりゃあもう、アンチが多いSEEDの中でもネタキャラとしてえらい人気があるからな!」

 

 

 「なあ、一つだけ言っていいか?」

 「何だ?」

 「これ投稿したやつ60%はネタ目的だろ!!

 「グゥレイト!!ネタ人気だけは多いぜ!!

 「本人キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 「あー悪ぃ、登場はもうちょっと待っててくれないか?後で出番たんとやるからさ」

 「わかった、出直してくるぜ!」

 

キーン・・・

 

 「で、ディアッカ人気がネタだってことは何でわかるんだ!」

 「新シャア板見ればすぐにわかる!」

 「さて、オイゲン公ことプリンツ・オイゲンについてだけど、この人はもともとフランスの軍人で、中にはルイ14世の子供という説まであるわ。」

 「じゃあどうして仲の悪いオーストリアについたんですか?」

 「当時は軍人が所属を変えることが珍しくなかったからね。彼は1683年にオーストリアに渡り、その年からのオスマン・トルコとの戦争ではハンガリー戦線で活躍したわ。」

 「ちなみにこの戦争の講和条約であるカルロヴィッツ条約でオーストリアはハンガリー等の地域を獲得しているぜ。」

 「この戦争は

対仏同盟軍(イギリス+オランダ+神聖ローマ帝国+プロイセン+ハノーファー)VSフランス同盟軍(フランス+スペイン+サヴォイア+バイエルン)

に分かれていたわ。

始めにオイゲン公率いるオーストリア軍がイタリアのスペイン領ミラノ公国に侵攻し、チャーチル率いるイギリス軍はオランダに派遣され、スペイン領フランドルのミューズ川流域に攻撃を加えて10月23日にはリエージュを占領したわ。」

 

 

 「チャーチルがマールバラ公となったのはこの時からよ。」

 「じゃあ何でさっきもマールバラ公って言っていたんですかー?」

 「大人の都合よ。さて、年が明けて1803年、フランスに不味い事態が訪れたわ。」

 

 

 「こうして1803年から、この戦争はフランスの旗色が悪くなってきたの。フランスは戦局打開のために同盟国のバイエルン公国軍とともにドイツのエルザスを占領して、オーストリア本国を突こうとしたわ。」

 「このオランダから南ドイツに亘る400キロに及ぶ行軍をうまくやった用意周到さに彼の軍事的才能が証明されているわね。

南ドイツでチャーチルはオイゲン公と合流したわ。」

 「お約束だな」

 「イギリス・オーストリア連合軍がバイエルン軍を攻撃すると、フランスは3万5千の援軍を送ったわ。

そして1804年8月13日チャーチルとオイゲン公率いるイギリス・オーストリア連合軍とバイエルン選帝侯マクシミリアン2世とフランスのタラール元帥率いるフランス・バイエルン連合軍はドナウ川北畔の小さな村、ブレンハイム(英名ブレニム)で激突したわ。」

 

 

 「グダグダだな」

 「でもただフランス軍も負けていたわけじゃなかったわ。」

 

 

 「・・・もうどっからツッコミ入れればいいのか・・・」

 「あ、あれはまさか・・・」

 「復活したのか!?」

 「聞いたことがある、ZAFT最強の英霊『痔悪化・グゥレイトォ・エロスマン』その能力はスーパーコーディネーターをはるかに凌駕するという・・・」

 「・・・劇に戻るよー?」

 

 

 「この戦闘では対仏同盟軍の死者は1万2千人、フランス・バイエルン軍の死者は2万。おまけにフランス軍1万1千名が捕虜となったわ。

その後も1706年には対仏同盟軍はサヴォイア公国の首都トリノを攻撃しに来たフランス軍をオイゲン公のオーストリア軍が撃退し、そのままスペイン領の北イタリアのナポリ王国を占領したり、スペイン領フランドルでマールバラ公のイギリス軍がラミリーズがフランス軍を破ってフランドルの主要都市を勢力下に置いたわ。」

 

 

 「神聖ローマ皇帝のレオポルド1世は1705年に死に、長男がヨーゼフ1世として即位したが、戦争には大きな影響はなかった。

さらに1705年、対仏大同盟軍がスペイン本土のカタルーニャに上陸した。

さらにカタルーニャとバレンシアは対仏大同盟に付き、イギリスはその支援としてジブラルタルを占領した。」

 


〜〜〜ジブラルタル〜〜〜

 

 「しつもーん!!何でスペインの一部のカタルーニャとバレンシアは反乱したんですかー!!」

 「おお!!ようやく世界史コンテンツらしい質問が出たわね!!

これはカタルーニャでは30年戦争中にフランス軍の侵略を受けて、最終的にカタルーニャ領土の5分の1を奪われたことや手工業者・職人層にフランス製品の流入の不安があったこと、バレンシアでは農民層のフェリペ5世を支持する貴族への反発があったことによるわ。

スペイン王国は分裂し、カール大公はカルロス3世としてカタルーニャのバルセロナに王宮を置き、1706年にはマトリードを脅かすまでに至ったわ。」

 「さらに1709年〜1710年には大飢饉が起き、国家財政も破綻寸前だった。」

 「もう勝負は決まったような物だな」

 「そう。1709年、同盟国軍はカルロス3世をスペイン王と認めるように要求した。」

 

 

 「さらに翌年には」

 

 

 「と要求したわ。フランスは費用の一部を提供することで何とかしようとしたけど、オランダが反対したわ。さらにイギリスは」

 

 

 「と要求したの」

 「フランス\(^O^)/オワタ」

 「しかしここで戦争は思わぬ展開を見せた。

フランス軍の先勝が相次いだ。また北アメリカ植民地では英軍の仏領ポートロワイヤル攻略に続くケベック攻略作戦が失敗し、イギリス側の被害が大きくなった。

フランドルの戦線は1709年のマルプラーケの戦い以降膠着し、スペインでは1707年のアルマンサの戦いにフランス軍が勝利してから同盟軍はバレンシアまで征服された。

さらにイギリスではマールバラ伯爵の婦人サラとアン女王の対立が悪化しサラは休廷から追放され、さらにホイッグ党が選挙で敗北しシドニー・ゴドルフィンは大蔵卿野坂ら滑り落ちた上、トーリー党の新政権はマールバラの軍事費着服疑惑の調査を開始し、翌年にはオーストリアからイギリスに支払われた数万ポンドの横領が発覚し、マールバラは最高司令官の座を失った。」

 「そんな中、戦争は急展開を見せたわ。1711年、ヨーゼフ1世が後継者を残さずに急死したの。」

 

 

 「天丼!?

 


〜〜〜〜〜〜天丼〜〜〜〜〜〜
お笑いの世界で同じボケを何度も繰り返すこと。エビの天ぷらが2本乗っているイメージから来ている。

 「ボケた覚えはなかったんだがな・・・」

 「ヨーゼフ1世にはまだ子供は居なかった。そこでレオポルド1世の次男、つまりヨーゼフ1世の弟が神聖ローマ帝国を次ぐことになったわ。」

 「そうか!!

 「学会!!

 「・・・馬鹿。ところでよみ、何が『そうか』なんだ?」

 「さっき先生が言ったろ? 大阪、思い出して見ろ」

 「う〜んと・・・」

 

I am the bone of Fried rice
体は炒飯でできている

(中略)

unlimited  great  works.
無限の炒飯

 

 「もっと前だ」

 「えー」

 

 

 「戻りすぎだ!! ここだ、ここ」

 

 

 「そう、同盟国側のスペイン国王カルロス3世ことカール大公が、神聖ローマ帝国カール6世として即位したわ。

だけどイギリス等の国はこの即位を快く思わなかったわ。」

 

 

 「神聖ローマ帝国皇帝であったカール5世はオーストリア、ネーデルラント、南イタリア、スペイン、南米植民地などを持っていて、『日の沈まぬ帝国』と呼ばれていたわ。

イギリス等の国はこの大帝国の復活を恐れていたの。」

 

 

 「1711年7月19日、英仏は停戦したわ。もっともこれでカタルーニャはフランス・スペイン同盟国軍に蹂躙されることになったけど。」

 「カタルーニャテラカワイソス」

 「そして1713年、イギリス、オランダ、ポルトガル、サヴォイア、プロイセン、ハノーファーらの神聖ローマ帝国をのぞく対仏大同盟諸国とフランス、スペインの間でユトレヒト条約が結ばれたわ。

 

〜〜〜〜〜〜ユトレヒト条約〜〜〜〜〜〜〜
1:フェリペ5世をスペイン王として承認する
2:スペイン国王をフランス国王が兼任することは認めない
3:イギリスはスペインよりジブラルタルとミノルカ島を得る
4:イギリスはフランスより北アメリカのアカディア
  (現在の米国、メイン州東部及びカナダ、ノバ・スコシア州)
   とニューファンドランドを得る
5:イギリスはスペインの奴隷貿易に参入できる
6:サヴォイアはスペインよりシチリア島を得る
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 

 「どう見てもイギリスの一人勝ちです」

 「本当にありがとうございました」

 「一方神聖ローマ帝国は戦争を継続して、1714年3月にラシュタット条約をフランス、スペインの間に結んだわ。」

 

〜〜〜〜〜〜ラシュタット条約〜〜〜〜〜〜〜
1:フェリペ5世をスペイン王として承認する
2:スペイン国王をフランス国王が兼任することは認めない
3:オーストリアはスペイン領フランドル、イタリア領ミラノ、
マントゥア、ミランドラ、及びナポリ王国本土、サルデーニャ島を得る
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 

 

 「その6ヶ月後、カタルーニャはスペインに降伏し、かつての独立性は奪われたわ。いまでもカタルーニャの人はトイレを『フェリペの家』と呼んでいるわ。」

 「さらに翌年2月31日、ルイ14世は病気の悪化により77歳の誕生日を目前にこの世を去った。 彼は子と孫をすでに失っていて、曾孫のアンジュー公が跡を継いでルイ15世となり、甥のオルレアン公フィリップが摂政となった。 2月26日、死の間際のルイ14世はアンジュー公にこう語った。」

 

 

 「すっごく良いことを言ってるんだけどさ・・・

 「アイコンが絶望的にミスマッチだよな・・・

 「五月蠅い!!」

 「一方のイギリスはアン女王が1014年に亡くなり、子が亡くなっていた彼女の後継者はカトリックのジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアートだったわ。」

 「どっかで聞いたことあるようなないような・・・」

 「前回の最後の方に出てきた人物だったな。」

 「しかしカトリックの人物にイギリス王家を継がせることは出来なかったから、王位継承法が制定されたわ。

これによると王位継承者は・・・

とされたの。

これにもっとも当てはまったのがゾフィーの長男、ハノーファー選帝候ゲオルグ・ルートヴィヒだったわ。

彼はイギリスに渡りジョージ1世となったわ。

ここから現在のイギリス王室の直系の家系であるハノーファー家(現ウィンザー家)が始まったの。」

 「この戦争でフランスはルイ14世の統治により近代的な国家運営を実現したわ。

前回話した武器の規格の統一、徴兵制の開始、徴税・徴兵のための官僚の派遣等は彼の時代に始まったの。

これらによってフランスは国家の仕組みの近代化に成功したけど、その代償として末期には戦費調達等のために深刻な財政危機に陥ったわ。

これは後のフランス革命の原因になっていくの。」

 「一方イギリスはこの戦争の結果、北米での優位を築き、後の大英帝国の基礎を生んだ。

スペインはオーストリアのハプスブルグ家からフランスのブルボン家のものとなり、ハプスブルグ家の勢力は低下した。

一方フランスも戦争に疲弊し、ヨーロッパの主導権を握れなかった。これからイギリスの台頭が始まったんだ。

ついでにマールバラ公ジョン・チャーチルのその後についても説明しておこう。

彼は帰国後名目上の役職しか与えられず、ブレンハイムの戦いの温床として与えられた領地にブレナム宮殿を造ったが、その完成前、1722年にこの世を去った。

 


〜〜〜ブレナム宮殿〜〜〜

 

 「彼の死後、マールバラ侯爵位は彼の次女の長男チャールズが継いだ。この一族は次女旦那のサンダーランド泊チャールズ・スペンサーからマールバラ公スペンサー家と言うが、ジョン・チャーチルにちなんで姓をスペンサー・チャーチル家に改めている。

 ここの分家の出身で、また長男の弟、ジョン・スペンサーの子孫がダイアナ・スペンサーってわけだ。」

 「っと、まあ今回はこんな所ね。次回は18世紀前半のプロイセンの台頭とフリードリヒ大王の活躍、それに関する英仏の動きをメインにやっていくから。

それじゃあ次回もリリカル・マジカル・キルゼムオール!!

 「別な物が混じってるー!!

 

 

 

 「大きな声じゃいえないが、イギリスのアン女王は相当なピザで、晩年は自分では歩けず車いすを愛用し、棺桶は正方形だったと言われている。
・・・遠野の嬢ちゃんに知られたらおしまいだな・・・

続きを見る→


戻る

アクセス解析