魁!碧塾!第弐話
 ☆イギリスよ!私は帰ってきたあああああっっっ!!!☆

 「皆さん始めまして!今回臨時教師として派遣されたリューシーです!

 「・・・・・・・・・・・」

 「・・・・な、なんですか皆さん!私を『ああ、変な毒電波にやられた可哀想な人だな、プフッw(AA略)』みたいな目で私を見て!」

 「いや、別に何もそんな見方はしてないですけど・・・・・・・」

 「えーととりあえず先生・・・・・」

 「なんですかミーアさん?

 「水原暦です・・・・それはそうと、杉浦先生はどうしたんですか?」

 「ああ、先生なら『いや〜昨日キムチラーメン食べすぎちゃって今日休むからリューシーちゃん今日代わりに先生やって〜』って言っていましたよ。」

 「(嘘だっ!!!)

 「それは置いといて、今回は日帝の生み出した悪魔の兵器についての話をするニダ。」

 「テーマ違うし」

 「1945年10月25日、GHQ最高司令官マッカーサーは日本国内の財閥資産の解体、生産の制限を行うべく関係者に事業内容、資本構成などの報告を指導しました。

 主要金融機関または企業の生産に関する総司令部覚え書き、いわゆる財閥解体です。」

 「それは普通に言われていることですけど・・・・・」

 「しかし財閥の老人たちは資産を地下へと移し、極秘の研究機関を作り上げたのです。ワダツミ旗艦と名づけられた豊富な資金を背景とし戦後の政治経済を影から支配し続け禁断の研究を続けました。

その研究はイカルス計画と呼ばれその存在を知った人間は命を落とすこととなりました。

血と陰謀のイカルス計画。隠された戦後史、生体実験を含む異端の研究、巧妙な大衆心理、操作プログラム、その到着点は人間とイカのDNA結合による悪夢の新人類、イカファイヤーの誕生だったのです。」

 

↑イカファイヤー

 

 「・・・・・・・・・」

 「そしてこの研究には人体実験で悪名高い元日帝陸軍731部隊の石井四郎中将を始めとするメンバーを採用し、再びアジア全土に対する侵略兵器を作り出す計画を立てる一方、この生物兵器を世界各国に輸出し外貨を稼ごうとしました。

この財閥の生き残りこそが悪しきチョッパリ帝国主義者の残党であり陰からイルボンの帝国復活を目論む極右組織、真理ロゴスだったのです!」

 「・・・・・・・・・」

 「このグループは経済界、政治界、法曹界、エトセトラエトセトラに結びつき、強制連行、南京大虐殺、創始改名、朝鮮、中国民族の抹殺を否定する悪しきチョッパリの極右政治家の集団などに大きな影響を与え、チョッパリの手による世界征服をけいかくしているのです!!!!!!!!

 「・・・・・そろそろ通報した方がいいんじゃないか?(ボソボソ)

 「いや、この場合病院じゃないか?(ボソボソ)

 「ラクス・クラインといい勝負だな・・・・・(ボソボソ)

 「ピンクの電波とキムチの電波の対決なんかー(ボソボソ)

 「ウェーハッハッハ!!!!!!!!!

どうです、チョッパリの皆さん、自分たちの恐ろしき計画を知った恐ろしさは!!!!!!!!

この悪魔の計画を知ったからには、悪しき日本民族は未来栄光の謝罪と賠償w」

 「必殺のおおおおスタァァァライトォォォブレイカァァァァァァァ!!!!!!!!

 「アイゴー!!!いきなり何をするんですか!!

この偉大なる(ry)など5大陸160カ国余の著名な人物に生み出された1200余もの敬称を持つ偉大なるリューシアナッサ・アンピトリーテちゃんさまに!!!!

 「(完全に無視して)・・・・・・・先生、今までどうしていたんですか?」

 「なんかここにくる途中に守護騎士ヴォルケンニダーを名乗る黒い騎士っぽい女の子が

って言いながら切りかかってきたのよ。しょうがないから勝負していたんだけど、その子がなかなか強くってね〜こっちが卍解と固有結界「入魂庭園スピリチュアル・ガーデン」を発動してやっとだったから」

 「ま、まさかセイバーが敗れるとは・・・・アンタはいったい何ですか!!!

 「俺の名はプッチャン、それ以上でもそれ以下でもないただの人形だ!」

 「ええい、こうなったら・・・出ろぉぉぉ!!!テコンフリィィィィィダァァァァムウウウウウウウウウ!!!!!!!

ちゃちゃらちゃ〜ちゃ〜ちゃちゃらちゃ〜ちゃ〜ちゃちゃらちゃ〜ちゃ〜ちゃちゃらちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜 (BGM,Life Goes On)

 「よりによってフリーダムかよ!!

 「フリーダムの名のつくものはやりたいほうだいやな、まるで・・・・・

 「それ以上はやめとけ大阪、あたしは次回作に期待している。」

 「っていうかフリーダムそのものかよ!」

 「ならばこっちも!

 

 

我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に!!!

出なさい!鋼の牙!愕・天・大・王A's!!!!

 セェェェェェェッッッッッッットアアアアアアッッッッッップ!!!!!!

ゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・

『Yes,master』

 「キョキョキョキョキョ!!!!!そんなチョッパリのデクの棒など、このテコンフリーダムの足元にも及ばないニダ!!

 「やめてよね・・・・・・・・チョッパリが本気になったってウリにかなうわけないニダ・・・・・

 「なんのっ!!その程度の攻撃でアタシ達は止められないわよ!!!」

 「アイゴー!!!

 「さあ、始めようぜ!でっかいケンカをよ!!!!

『『抹殺のおおおおエクセリオンバスタァァァァァ!!!!!』』

 「アイゴー!!!!!!装甲が!!!

『『ひっさあああっつ!!!スパイラルゥゥゥゥカッタァァァァァ!!!!!!!とっかぁぁぁぁぁぁんん!!!』』

 「アイゴー!!!

     『『正義はぁ…………勝ぁつ!』』

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、授業始めるよ〜」

 「あの、冒頭のあれは・・・・・」

 「もうやめよう、あのコントに突っ込みを入れるのは・・・・」

 「前回では1689年以前の主な国の状況を話したわ。最大の問題はフランスの動きね。」

 「(気分を取り直して)先生、フランスの軍隊はどのぐらい強かったんですか?」

 「1661年ごろのフランス軍は総人口1800万人のうち総勢約7万人、規律は重視されてなく組織、武器、服装、給与はバラバラ。もっとも、これはほかの国も似たようなものだったけど。

 それを改革したのが陸軍大臣ミシェル・ル・テリエと息子のルーヴォア候よ。特にルーヴォア候は近代におけるもっとも偉大な軍改革者の一人とされているわ。

 彼は軍内部の汚職の一層、秩序、規律、王への絶対の忠誠、将校への軍事理論や技術の研究の要求、それの奨励等を進めたわ。

 兵士は厳格な規律を求められたけれど始めて定期的な給料も得られたし、汚職に手を染めた将校も罰されて、装備もよくなって、制服の導入によって見た目もよくなったの。

 また商工の任官の売買を禁止して、才能のあるものが裕福でなくとも出世できるようにしたわ。」

 「うちで例えるなら、改革前は智みたいなやつでも金があれば将軍になれたけど、改革後は暦みたいな優秀なやつでないと出世できなくなったんだな」

 「どういうことだよ!」

 「うまい例えね」

 「って碧ちゃんもかい!」

 「そのなかにこの戦争で活躍したヴォーバン公セバスチアン・ル・ブレストがいるわ。」

 


↑ヴォーバン公

 

 「彼は田舎の貧乏貴族の孤児だったけど、卓越した才能で出世し、専門である要塞の構築と修復において33の要塞を建造し、300近くの要塞を改修しただけでなく、要塞攻囲戦でも活躍し、生涯に53の包囲戦を行ったわ。

その才能は『ウォーバンが攻囲した町は必ず落ち、ウォーバンが要塞を築いた町は絶対に落ちない』といわれたほどよ。」

 「でもいい将軍がいても兵隊の数がいないと駄目ですよね?」

 「そう。だからルーヴォア候は1688年に今で言う徴兵制度に当たる民兵選出制度を導入したわ。

 これで毎年約25000人の男性を召喚できて1694年には45万人近くまで増強できた一方、戦争の終わりには28万人近く減らせるようになったわ。

 ちなみに比較すると1705年のオーストリア軍は10万人強、1710人の最大規模のイギリス軍は75000人だったわ。」

 「先生、どうしてフランスは戦争を進めていたんですか?」

 「それは彼の信じている『自然国境説』によるものよ」

 「『自然国境説』?」

 「国境は山や川などの自然物を境界として定めるものであるという論理、そしてそれに従って彼はフランスの領域を東はライン川、北はスペイン領フランドル(現ベルギー)、南はピレネー山脈まで考えていたわ。

 またこれ以前にもルイ14世はこれ以前にもフランドル戦争(1667〜1668)、ネーデルラント戦争(1672〜1678)と諸国に戦争を仕掛けていたわ。

ではここで智ちゃんにもわかる問題。めちゃんこ強い敵に勝つにはどうすればいい?」

 「えーと、損得が合う相手と仲良くする?」

 「そういうこと。

このころ神聖ローマ帝国は東のオスマン・トルコと戦っていて1国でフランスとはマトモにはやりあえない。

そこで1686年に、フランスに敵対する国家による同盟、アウルスブルグ同盟が結成されたわ。

主な参加者は
神聖ローマ帝国皇帝 レオポルド1世
スペイン王 カルロス2世
ファルツ選帝侯 フィリップ・ウィルヘルム
バイエルン選帝侯 マクシミリアン2世
スウェーデン王 カール11世
オランダ王 ウィレム3世(後のイギリス王ウィリアム3世)

と、まあ当時のヨーロッパのそれなりの強国オールスターズと言ったところね。」

 「これに対してフランスはどうしたんですか?」

 「当時のイギリス王はまだジェームズ2世、カトリックで親フランス派。

 前回も言ったとおり、チャールズ2世の時のドーバー密約を結んでイギリスとフランスは仲良くした。

まあこれも名誉革命でご破算になっちゃうんだけどね。」

 「それで、戦端はいつ開かれるんですか?」

 「戦争のきっかけとなったのは1688年、ルイ14世がファルツ選帝侯の継承権を主張したことよ。」

 「どういうことですか?」

 「ルイ14世の弟であるオルレアン公フィリップ1世の妻、シャルロット・エリザベートの父はファルツ(プファルツ)選帝侯カール・ルートヴィヒ、兄はその後を継いだカール2世だったの。

 しかしカール2世は1685年に死んでしまい、彼らの血筋であるジィムメルン家はエリザベートを残して途絶え、ファルツ選帝侯は遠縁のノイブルグ家のプファルツ・ノイブルグ家のフィリップ・ウィルヘルムが継ぐことになった。

これに対してルイ14世は

と言ったわ。」

 「まあ言ってることは間違ってはいないような・・・」

 「しかしもともとオルレアン公とエリザベートの結婚の際に、遺産継承請求権は破棄されていた。

 もともとこの結婚はカール・ルートヴィヒがフランスに対する宥和政策として行ったものだったんだ」

 「つまり政略結婚やな」

 「今だったらフェミニストが火病を起こしそうな行為だな」

 「しかしルイ14世は近縁者も親類もどうとも思ってなく、遺産継承請求権は戦争のための言いがかりに過ぎなかったわ。

 レーゲンスブルグの帝国議会でオルレアン公の遺産継承が拒否されると外交での解決が不可能と考えたルイ14世はファルツに侵攻したわ、これが大同盟戦争(アウグスブルグ同盟戦争、9年戦争、ファルツ継承戦争)よ。」

 


ファルツの首都、ハイデルベルグのハイデルベルグ城。
現在は観光名所となっている。

 

 「この戦争の当初はファルツ側が同盟国の助けを借りて撃退に成功したけど、これに怒ったルイ14世はハイデルベルグを焼き払うように命令する一方、スペイン領フランドルにリュクサンブール元帥とウォーバン将軍を、同盟国の一つであるサヴォイア公国にはカティナ元帥を向かわせたわ。

そんな中、1688年にイギリスで大事件が起こったわ。」

 「最後の大隊の襲撃?

 「バカ」

 「読仙社の大英図書館襲撃?

 「アホ」

 「シーランド公国の独立?

 「何でそんなこと知っているんだよ」

 「ええっと、名誉革命?」

 「そう、前回やったとおり、1688年末、名誉革命の勃発によりジェームズ2世はフランスに亡命し、オラニエ公ウィレムとその妻メアリが英王ウィリアム3世とメアリ2世として共同統治として即位、ジェームズ2世はフランスに逃亡したわ。

そしてジェームズ2世は」

 「逃げ出したきょしぬけ王がああああっ!!!!

 「なぜにイザーク?」

 「ルイ14世にとっては昨日までたった一つの友好国であったイギリスが敵に回ったのは大きなショックだったわ。

 そこで1689年2月15日、ジェームズ2世に1300人の兵士を与えてアイルランドに上陸させたわ。」

 「イギリスよ!私は帰ってきたあああああっっっっ!!!」

 「ああ、シャア・アズナブルね!!」

 「・・・・・」

 「え?私なんか間違ったこといった?」

 「そのセリフの元ネタはシャア・アズナブルでなくてアナベル・ガトーですよ、先生・・・」

 「・・・・・・バ、バカにすんなー!!!先生なんだぞー!!!」

 「なぜにぱにぽに?」

 「だいたいこのコンテンツの中の人はリアルタイムで見たガンダムが種シリーズだけでいま休みを利用してGガンダム見てる最中なのよ!ファーストなんてわかるわけないでしょ!

わかるのは・・・

アムロはヒ○キーで・・・

シャアはロ○コンで・・・

ララァはさっきの黒い人にクリソツ、

あとあの黒い人の主食は犬。

シャアとクワトロは同じ人、ってことしか知りません。・・・あとゆかな。

 「それなんて平野耕太?」

 「(リューシーさんにクリソツなのは、Vガンのシャクティの方じゃないか?)」

 「(なんか凄く間違ってる気がするぅ)」

 「・・・・話を戻すと、アイルランドに戻ったジェームズ2世のところにはアイルランドやスコットランドから彼を応援する義勇兵が駆けつけて、一気に1万以上になったわ。」

 「え、ジェームズ2世を捨ててウィリアム3世を選んだのはイギリスの民衆じゃなかったんですか?」

 「そこよ。当時はまだジェームズ2世を支持している人が、特にスコットランドやアイルランドには多かったのよ」

 「なんでですか〜?」

 「もともとステュアート家がスコットランド王家の出身であり、スコットランドが過去にイングランドに侵略されたことがあること、アイルランドの主な宗教であるカトリックをジェームズ2世が支持していたこと、などがあるわね。

このジェームズ2世の支持派であるジャコバイトとウィリアム3世を支持するウィリアマイトの戦争をウィリアマイト戦争と言うわ。

さて、そのウィリアマイト戦争だけど、1万を超えたジャコバイト軍は北アイルランドのロンドンデリーを包囲したけど、100日以上包囲し、食料が尽きても陥落しなかったわ。」

 「支那名物、カニバリズムか?」

 「やめろ」

 「ロンドンデリーが耐えている間にウィリアム3世自ら率いる援軍が到着し、両軍は 1690年7月1日、ダブリン近郊のボイン川で激突したわ。これがボイン川の戦いよ。」

 「ボイン・・・・・」

↑ボイン

_  ∩
  ( *゚∀゚)彡 ボイン!!ボイン!!
  (  ⊂彡  
   |   |
   し ⌒J

 

 「恥ずかしいセリフ禁止!!

 「なぜに『ARIA』!?」

 「『The ANIMETION』をつけろよデコスケ野郎!!!」

 「作者もわからないのにたまたま見かけたネタを使うのをやめろ!!」

↑本物のボイン川

 「この戦いの前日に、ウィリアム3世が砲弾で負傷したけど、傷はたいしたことはなく、戦いはウィリアマイト軍36000人とジャコバイト軍25000人の戦いはウィリアマイト軍が勝利し、ジェームズ2世はフランスに逃げ帰ったわ。」

 「逃げ出したきょしぬけ王がああああっ!!!!

 「このコピペ馬鹿!!」

 「なんかフランス軍っていいとこないな。」

 「でも大陸のほうではフランス軍は強かったわ。」

 「圧倒的だな」

 「またアメリカ大陸でもイギリスとフランスの戦争であるウィリアム戦争が勃発したわ。

序盤はフランス植民地ケベックの総督、フロントナック伯が活躍して、1689年の秋ごろには最も北のニューハンプシャー植民地の沿岸地帯のほとんどを占領されたわ。 イギリス軍は

『辺境が長いなら相手の頭を叩けばいいじゃない!』

のノリで1690年4月ウィリアム・フィリップス卿率いる艦隊がポートロワイヤルを占領したわ。でも9月のケベック占領は失敗しポートロワイヤルも奪還されたわ。」

 「ダメじゃん」

 「でも同盟国も負けてはいないわ。

1962年にはラ・ホーク岬の海戦でイギリス・オランダ連合艦隊がフランス艦隊に勝利、93年にはオランダ東インド会社がインドのフランス領ポンディシェリを占拠、さらに95年にはナミュールを奪還し、フランス軍のブリュッセル包囲にも勝利したわ。

さらに93〜94年、フランスは大凶作と伝染病に襲われたわ。

このころ、両軍ともグダグダになってきたわ。」

 「そうなると両方とも厭戦気分が広まってきますね。」

 「そう、きっかけはアウルスブルグ同盟の一国、サヴォイア公国がフランスと秘密条約を結び、同盟から離脱したことから和平気分が広まったわ。 ちなみにサヴォイア公国は後にサルデーニャ王国になり、さらにこの国がイタリアを統一してイタリア王国となったわ。」

 「つまり・・・」

 「このころから・・・」

 「イタリアの・・・」

 「一抜けたぐせは・・・」

 「まあこれはイタリアのお家芸みたいなものだからね。

とにかくこれをきっかけスウェーデンの調停の元にオランダのライスワイクで和平交渉が始まり、1697年9月20日、ライスワイク条約が締結されたわ。

ちなみにこの日は作者堀江由衣麻生太郎の誕生日よ。」

 「どうでもいいけどな」

 「この条約で決まったことは

 「この4つよ。

 これでフランスはハイチの西側3分の1にあたる地域、フランス領サン・ドマングを正式に手にいれ、占領されていた北アメリカのノバスコシアとインドのポンディシェリを返還される一方、ストラスブール(ドイツ語ではシュトラスブルグ)を除く神聖ローマ帝国領を返還し、逆にスペインは占領されていたカタルーニャとルクセンブルグ、フランドルなどの占領地を回復したわ。」

 


↑戦争終了後の北アメリカ

 

 「結構勝ってたのに、意外とフランスが得たものは少ないですね。」

 「しかし、これもルイ14世の作戦なのよ。これについては次回に話すわ。」

 「先生、ところであの逃げ出したきょしぬけ王はその後どうしたんですか?」

 「いい質問ね、ジェームズ2世は逃げ出した後、パリ近郊の城で年金をもらいつつ、独自で英国王の座を取り返すための策謀を続けたけど1701に亡くなったわ。その後は息子の

ジェームズ3世ことジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアートやその子孫が王位を継承し、イギリス国内の反乱と共に協力することもあったけど、結局は失敗して、ヘンリー9世ことヘンリー・ベネティクト・ステュアートが1807年に亡くなってステュアート家の直系が途絶えてからはジェームズ2世の妹、ヘンリエッタ・アン・・・

 ああ、この人はこの戦争の原因であるオルレアン公フィリップ1世の前妻でもある人ね、の子孫が細々と支持者が主張してるわ。


↑ジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアート

 「2006年3月現在はフランシス2世ことバイエルン公フランツ、フランツ・ボナヴェントゥラ・アダルベルト・マリアよ。

(参考ページ・イギリス〜スチュアート家の相続人〜)」

 「じゃあ×××(英国王室のエージェントに狙われるといけないので省略、想像にお任せします)なんてことになったら、その人が英国王位を継ぐんですか?」

 「いや、英国議会は後にジェームズ1世外孫ソフィア(ハノーファー選帝侯妃ゾフィア)の子孫にのみ王位を認める法律を制定したから、彼にその資格はないわ。

ちなみに英国は王位継承制度の面では男子優先で、現在の順位は

 「で、女性で最も王位に近いのは5番目のアンドリュー王子の娘、ベアトリス王女よ。」

 

 

 「とまあ、今日はこんな所ね。

最後に世界の王室の王家についてのページを乗せておくわ。

 「それじゃあ次回もお楽しみにね♪」

次回

☆「西帝でGO!」☆

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