☆プロ野球の歴史その1☆
ネタをネタと見抜けぬ方はお帰り下さい。このページの内容に関して謝罪や賠償を要求されてもいっさい応じません。
そんなことをしたらネタにするのでよろしく(笑)


 

 「今回はプロ野球の歴史をお話ししたいと思います」

 「ジャパニーズベースボールね」

 「ベースボール?ああ、アメリカ付近と極東アジアで盛り上がってるスポーツか」

 「キック!

 「痛いぞ・・・」

 「世界的に見るとマイナーなスポーツですが、日本においては一番の人気を誇るスポーツです」

 「サッカーの方が人気あるんじゃないのか?代表戦の視聴率なんか圧倒的じゃないか」

 「パンチ!

 「痛いって・・・」

 「昨今、いろんな娯楽がありTVの視聴率自体が低下気味にあります。

 そんな中でもプロ野球を始め、高校野球や社会人野球などが地上波で放送されていますし、WBCでの視聴率なども高いです」

 「WBC?なんでボクシングが・・・」

 「World Baseball Classicの方よ」

 「ああ、僅かな国でワールドカップの真似事・・・」

 「今度は頭突きでも食らいたい?」

 「止めろよ」

 「ワールドカップだって最初の参加国は13ヶ国だったじゃないですか」

 「まあそうだが・・・」

 「ふっ・・・」

 「出たわね!

 「やはりここは私の出番ですね」

 「野球の起源は韓国ではありませんよ」

 「・・・」

 「石を木の棒で打つという行為は古代エジプトからあったようです」

 「えぐえぐ私の見せ場が・・・」

 「んなもん見せ場にするなって」

 「12世紀頃のフランスで、『ラ・シュール』というスポーツがその起源として有力と言われています」

 「ラ・シュール?」

 「2チームに分かれ、足や手、棒などを使い敵陣にある2本の杭の間にボールを通すゲームだったようです」

 「サッカーやラクビーにも近いな」

 「いろんなスポーツの原点とも言われているようです。

 その後イギリスで『ラウンダース』と言われる小石を詰めた靴下などのボールを投げ、

 ストライカーと呼ばれる打者がそれを船の艪などのバットで打ち返し、

 杭や石でできた4つのベースを回るというゲームが生まれます。」

 「野球の起源と言えばクリケットじゃないの?」

 「クリケットですか?」

 「投げたボールをバットで打つという野球に似たスポーツだな。細部はだいぶ違うが・・・」

 「クリケットは野球の親戚みたいなものですね。

 クリケットが野球の起源という説もありますが、現在ではどうやらこちらの方が有力・・・という話になっているようです。

 『ラウンダース』がアメリカに渡り、1800年代ころから徐々にルールが統一されていき現在の形になったようです。

 そういう意味ではアメリカで育ったスポーツと言えるでしょうね」

 「うさ・うさ・うさ!

 「そんなベースボールが日本に入ってきたのは明治4年頃に米国人教師ウィルソンによって伝えられたそうです」

 「明治4年というと・・・」

 「1871年ですね。日本でいうと大政奉還が1867年ですから、ちょうど明治維新の始まった頃ですね。

   このころは鹿鳴館外交などに代表されるように日本が文明国であることを外国人に示す必要があると考えられた時代です」

 「積極的に外国の文化を取り入れようとしていた時代だったのでしょうね」

 「ちなみにサッカーも1872年頃に日本に入ってきてました」

 「なんでまた日本ではサッカーではなく野球だったんだろうな」

 「そんなの決まってるわ〜」

 「ベースボールこそ世界最高のスポーツだからよ!

 「・・・」

 「・・・」

 「、なによ。言いたいことがあるなら言いなさい」

 「ウリナラ臭を感じる」

 「あちょ!

 「ぼ、暴力反対」

 「だいたいアメリカ人はアメフトの方が好きなのでは・・・」

 「あれはあれ、これはこれよ」

 「なぜ日本ではサッカーより野球の方が盛んに行われるようになったのかさっぱりわかりませんが・・・

 この頃にアメリカでプロ野球リーグが始まりましたので、その影響ではないでしょうか?」

 「刀を振り回していた日本人にはちょうどよかったのではないですか?」

 「そのセリフにはなにか悪意を感じるわ」

 「気のせいですよ」

 「さて日本で行われるようになった野球は、明治38年にプロ野球の原点となる職業野球が成立します

 明治40年(1907年)には初の有料試合が行われなりました。

 ただしこの頃は大学を中心とした学生野球の方が盛り上がっていたようです」

 「今でいう高校野球みたいなものか」

 「日本人は昔から学生野球(・∀・)モエッだったのね」

 「ただその盛り上がりは今の比ではなく・・・

 審判に脅迫状が届いて試合が中止になったり野球を続けるためわざと留年したあげく新任教師より年上という者まで現れたりと・・・」

 「ちょっと異常じゃないか?」

 「当時はまだ娯楽が少なかった時代ですからね。

 余りにも盛り上がりすぎていたため朝日新聞社が「野球ト其害毒」という記事を発表しています。」

 「また朝日か!

 「内容は今で言うゲーム脳みたいなものでしょうか・・・」

 「やきう脳(笑)ってワケですね」

 「娯楽を叩くというのは今も昔も変わらないな・・・」

 「夏の甲子園を主催する朝日新聞がなんの冗談かしらね」

 「それも今も昔も変わらないな・・・」

 「変わらない良さがある朝日新聞!

 「変わらない悪さじゃないの・・・」

 「それだけ熱狂な人気があったんです。

 そんな記事にも関わらず人気は衰えなかったため昭和7年(1932年)には文部省が野球統制令を出し、事実上学生野球と職業野球との対戦を禁止しています」

 「別に良さそうな物だけどね。プロアマ交流戦なんて面白そうじゃない」

 「建前では学生と職業野球の試合が過熱し、学生の本分たる勉学がおろそかになるというでしたが・・・

 どうも当時の学生野球は、野球選手の青田買いや野球賭博など、学生とはずいぶん外れたものになっていたようです」

 「青田買い?」

 「若いうちからツバ付けとくことよ」

 「その言い方は親父くさいですよ」

 「野球賭博は当然違法だよな・・・ということは暴力団がらみか」

 「まあ、そういった理由もあったのでしょうね。

 ただ、この規定は学生の思想対策としてスポーツを利用しようとしたものであるという批判もあったようです」

 「学生の思想対策?」

 「いわゆる共産主義対策ですね。

 国家の権力的な規制による政策的な対応ではないか?と言うことです。

 「なんのこっちゃ・・・」

 「スポーツの純粋性の強調してアカに染めようとしてるということでしょ」

 「ますますわからん・・・」

 「今考えるとそんなの関係なかったんですが・・・当時はそういう批判があったようです」

 「当時の日本が反共産主義だったのがわかるわね」

 「この統制令は現在でも日本学生野球憲章として残っています。

 ただ、これによりプロアマの交流が阻害されているという弊害が生じていますね」

 「いい加減変えたらどうだ?もうそんなことするアホいないだろ」

 「ところが、未だに裏金を渡す・・・いわゆる青田買いが絶えません。

 有名なところで言うと楽天イーグルスの一場・・・」

 「楽天だけに・・・」

 「市場とか言うつもり?」

 「っということを言おうとしてる前にヤクルトにトレードされちゃいましたけど」

 「うわ、マジで・・・」

 「よくわからんが・・・その楽天市場・・・じゃなくてヤクルト市場がどうしたんだ?」

 「一場よ一場・・・」

 「栄養費(笑)です」

 「巨人が栄養費として200万円渡してたのよね」

 「200万・・・学生には大金だな」

 「それどころか、横浜ベイスターズ、阪神タイガースからも現金を受け取っていたことが発覚します」

 「裏金とは穏やかじゃないな」

 「以前からそういう話はあったんです。

 ただ大きな問題として取り上げられたということでは、一場靖弘を巡る裏金事件は引き合いに出されますね」

 「それまで公然の秘密だったからね」

 「これはプロ野球史上最大の危機と言われたオリックスと近鉄バファローズの合併に伴う球界再編問題と共に大きな問題になりました」

 「なんか騒いでいたな」

 「この辺りは順調に行けばのちに話すこともあるかと思います」

 「順調に行けばですね」

 「そういえば裏金なんて話は、サッカーじゃあまり聞かないわよね」

 「サッカーの場合ユースチームがあるからじゃないか」

 「ユースチームだと高校の部活などに比べてプロの指導を受けられる上に、即プロへの道が開かれますからね。

 サッカーで才能のある選手はプロの下部組織のユースチームに参加するそうです」

 「野球のユースチームを作ったらどうだ?」

 「そういう話もありますね」

 「むしろ何で作らないんだ?日本においてもっとも人気のあるスポーツなんだろ?」

 「高校野球が弱くなるからでしょ」

 「はぁ?

 「ユースチームを持つと当然そちらに優秀な選手が集まります。すると高校野球のレベルが落ちます」

 「まあたしかに高校サッカーは弱くなったという話を聞くが・・・」

 「それだけだけではないでしょうが、色々事情があるようですよ」

 「結局、利権のせめぎ合いなのですよ」

 「ともかくこの野球統制令が出されたことでプロとアマで行われていた試合はなくなりました。

 そこで、プロ野球の父と言われ正力松太郎を中心に昭和11年(1936年)2月5日、東京・日本工業倶楽部にて日本職業野球連盟が設立。

 今で言うペナントレースがスタートすることになります」

 「正力松太郎って聞いたことあるわね」

 「読売新聞社の経営者であり、プロ野球の父の他にも、テレビ放送の父、原子力の父とも呼ばれています。

 A級戦犯に指定されたが不起訴。CIAとの内通などが暴露されるなど、いろいろ裏が多い人物でもありました」

 「読売新聞社ってことはジャイアンツね」

 「俺はジャイアーンガキ大将〜♪」

 「プロ野球の歴史に巨人有り。

 野球人気に目を付けた正力松太郎は新聞拡販のために利用することを思いつきます」

 「新聞拡販?」

 「チームの活躍を報道する新聞。

 それを見たいと思い球場に足を運んでくれる。

 そしてファンになった人が新聞を買ってくれる。

 そういった相乗効果で新聞の売り上げを増やそうと思ったわけです」

 「それが今に続く読売の巨人びいきの偏見報道ね」

 「プロ野球人気を煽ってきた結果が今だよ」

 「そんなんで上手く行くのか・・・」

 「目論見通りに進んだからこそ今のプロ野球があるんでしょう。

 さて、その正力松太郎の呼びかけもありプロ野球がスタート。

 そのときのチームが・・・」

 「この計7球団でスタートしました」

 「巨人もそうだけど阪神とかこの頃からあるんだな」

 「伝統のある2チームですからね。

 この後、後楽園野球倶楽部(イーグルス)など南海野球株式会社(南海軍・現福岡ソフトバンクホークス)が参加します」

 「この頃はまだ名前に企業名がないのね」

 「企業名がつくようになったのは戦後からですね。

 その後、徐々にチームも増えて盛り上がりを見せますが第2次世界大戦が始まり、

 日本も巻き込まれていくことからそれどころでは無くなっていきます。

 1942年頃から学生野球が無くなり1944年にはプロ野球も休止します」

 「1944年って・・・もう終戦間際やん」

 「これも自主規制です。庶民の娯楽を奪うのは愚策ですからね」

 「「ストライク」を「よし」、「ボール」を「だめ」とか言ってた時代ですね」

 「なんじゃそりゃ」

 「敵性語を排除しようとマスコミが煽ったんですよ。

 もっとも庶民はそんなこと関係なく使っていたんですが、アメリカの国技でもあった野球では徹底されたため、今見るとおかしな言葉でコールしていたそうです」

 「審判の中の人も大変なのですよ」

 「そこまでするならやめればいいじゃない」

 「そこはクリスマスをお祝いし、神社にお参りする民族ですから」

 「反日なのに日本のパクリをやめないのと同じですよ」

 「それはだいぶ違うだろう」

 「そうして休止していたプロ野球ですが戦後のどたばたの中、わずか1年の休止のみで再開します」

 「終戦後1年で再開って荒技だな」

 「人気もあり、興行的に成功していたからこそ、すぐに再開できたのでしょうね。

 ただ裏では野球賭博やら、主力選手の引き抜きなどのゴタゴタが続きます」

 「有力選手の引き抜きなんかは今でもあるだろう」

 「ルールや慣例の裏を付いたような引き抜き多発したのです。

 有名なところでは別所引き抜き事件ですね」」

 「温泉の元栓を引き抜いてお湯が無くなったのですね、わかります」

 「何のネタよそれは・・・」

 「南海ホークスのエース投手であった別所毅彦が巨人に引き抜かれた事件です」

 

 「また巨人か・・・」

 「この手の話には、かならず出てきますね。

 戦後すぐの頃は、選手の保有権は非常に曖昧なものであったために、

 各球団とも主力選手に一軒家や自動車を贈るなどして繋ぎ止めていたのですが・・・」

 「すごいな」

 「お金もあるところにはあるものね・・・」

 「しかし、別所選手はエースでしたが実働年数が短いと理由で年棒も低かったそうです。そこで・・・」

 

 

 「とまあこんなやりとりがあったそうです」

 「なぜやる夫・・・」

 「たまにはこういうのもいいかと」

 「まあいいけどね」

 「南海の別所が不満を持っていることを知った巨人がシーズン中に接触し、好待遇を約束。

 別所はシーズン終了後、南海との契約交渉に望みますが結局交渉は決裂し巨人入りします。

 しかし、おかしいと思った南海は日本野球連盟に訴えたところ、事前交渉の証拠が見つかりました」

 「事前交渉しちゃダメなのか?」

 「事前交渉できると球団側に無茶要求が出来る上、簡単に移籍されてしまいます」

 「アメリカにもでも事前交渉は禁止のはずよ」

 「別所本人は」

 

 

 「っと言ってましたが」

 「問題はそこじゃないでしょ・・・

 南海との交渉前に巨人と交渉してたのが問題なんでしょ」

 「当時、厳密にルールが確約してなかったと言う問題もあるのですが・・・

 結局訴えは認められ巨人に対して10万円の制裁金を課すこととなりました」

 「安すぎませんか」

 「当時にしては、かなりの額だったんでしょ」

 「しかし、別所は南海との契約を拒否し続けたため・・・」

 

 

 「っと裁定を出して決着を図りました」

 「10日間経てば好きな球団と契約できる。ただし2ヶ月間公式戦の出場停止。っと読めるわね」

 「圧倒的に巨人が有利だろ・・・」

 「圧倒的ではないか我が軍は!

 「このようにルール・慣例に抵触して有力選手と契約した事例としては『江川事件』などもありますね」

 「江川事件?」

 「東京を流れる川の総称ですね。東京は昔、江戸と呼ばれていました。

 江戸には川が多かったので江川と呼ばれるようになったのです。そのため川の氾濫による事故が多発しました・・・」

 「嘘ウンチクはやめなさいよ」

 「嘘かよ」

 「気が付けよ」

 「江川卓です。

 現在は日本テレビの野球中継などに解説者として出てますし、

 スポーツニュースなどにも出ているので見たことがある方も多いと思います」

 

 

 「それで江川事件とは?」

 「話しますか?結構長くなると思いますが・・・」

 「今更そんなこと気にしても」

 「そうよ。『江川事件』と言葉は知ってても内容は知らない人も多いわよ。私もよく知らないし」

 「そうですね。それでは簡単に・・・

 江川事件とは江川卓がプロ入りにまつわる事件のことです。

 彼は高校時代に頭角を現していました。

 剛球と鋭いカーブで高校ではノーヒット・ノーランの連続だったそうです」

 「ノーヒット・ノーラン?」

 「ヒットも得点も取られない打たれないことよ」

 「ちなみに四球やエラーなどもないと完全試合といいます」

 「パーフェクトゲームね」

 「今とは技術が違うとは言え、当時スポーツの上手い子のほとんど野球をやっていました。

 そんな中でも三振を取りまくっていたそうです」

 「それはすごいな」

 「そんな中、1973年ドラフト会議を迎えます」

 「ドラフト?」

 「ドライビングテクニックのひとつですね」

 「それはドリフト」

 「8時だよ」

 「ドリフ?最近の若い子は知らないわよ」

 「猫型ロボット・・・」

 「ドラえもん?かなり苦しいわね」

 「まあ、お約束はこのくらいにしておきましょう」

 「はいはい」

 「選手を各チームに振り分けるために行う会議のことです」

 「アメリカではよくあるけどね」

 「ヨーロッパなどではあまり見られないシステムですね。

 ドラフト会議は様々な方法で行われてきましたが、

 この時は『くじによって球団の指名順位を決定する』システムでした」

 「くじを引いた順番で有力選手を指名できるのか」

 「この時、一番くじを引いたのは大洋(現横浜・ベイスターズ)でした。

 しかし大洋は江川ではなく山下大輔を指名しました」

 「山下?柔道だけじゃなく野球もやってたのか」

 「それは山下泰裕ですよ」

 「大ちゃんですよ」

 「大ちゃん?」

 「これです」

 

 

 「なんだこれ」

 「記録的低迷のベイスターズを支えたAAです。

 一時期いろんなところで見ることが出来たので知ってる人も多いと思います」

 「記録的低迷って・・・」

 「今はやる大矢が人気らしいですが」

 「しかし、なんで指名しなかったんだ?有力選手なんだろ?」

 「はい、大洋が指名しなかったのは、江川が大学進学を熱望しているという情報からでした。

 大洋も悩んだそうですが、山下の方を指名しました」

 「江川を指名していたら山下監督も誕生しなかったかもね〜」

 「ベイスターズの伝説はここから始まったのですね」

 「続く2番を引いた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)が江川を指名しますが、これを拒否して大学進学しました」

 「どうせ巨人から指名されたら入っていたんでしょ」

 「たぶんそうでしょうね。もちろん本人は否定してますが・・・

 ともかく江川は4年後のドラフト会議に再び望むことになりました。

 巨人は2番くじでしたが1番くじを引いたクラウンライターライオンズ(現西武ライオンズ)が指名します。  しかし江川は・・・」

 

 

 「っとゴネます」

 「ライオンズって埼玉じゃなかったっけ?」

 「クラウンライターライオンズの本拠地は福岡だったんです」

 「たしかに遠いが・・・」

 「どうも極度の飛行機嫌いと言うのも理由にあったようですね」

 「そのくせ嫁さんはスッチーなんですけどね」

 「そうなの?」

 「出会いは日米大学野球選手権大会に出場するため、やむを得ず飛行機に乗っていて青くなっているところを、親切にしてくれたことだそうですよ」

 「なにがきっかけになるかわからないものだな」

 「結局、プロ野球入りせずにアメリカ留学することになります。

 本人曰く『在京セリーグ球団からの指名なら入団していただろう』と言ってますが・・・」

 「どうだかね〜」

 「留学なんかしなくても社会人の球団もあるんじゃないのか?」

 「社会人にはいると最低2年間はプロ野球の入団指名を受けることが出来ないそうです」

 「めんどくさいわね」

 「この直後、クラウンライターは経営難から西武グループに球団を譲渡することになりました」

 「それで西武ライオンズになるのね」

 「本拠地も埼玉になるので再び交渉しますが折り合いが付かないまま江川は3回目のドラフト会議を迎えようとしますが・・・

 その前日に突然巨人が江川の入団を発表します

 「はぁ・・・いいのか?」

 「うーん・・・ライオンズとの話はどうなったの?」

 「前回のドラフト会議で交渉権は当然ライオンズにあります」

 「そりゃそうだろうな」

 「この交渉権はドラフト会議の前々日までとされていたのです」

 「なんでそんな途中半端な・・・」

 「交渉相手が遠方にいる場合、前日まで交渉を続けると、球団関係者がドラフト会議に出席できず、ドラフト会議に支障をきたす恐れがあるため・・・だったそうです。

 「つまり予備日だったわけか」

 「当時のドラフト対象学生は「日本の中学・高校・大学に在学している者」であり、

 江川は社会人野球にも行かなかったため、

 江川は野球協約上は「ドラフト対象外」であると巨人は主張しました」

 「なんという詭弁」

 「でもこれなら学校を出て社会人野球にも行かずにおけば好きな球団に入団できることにならないか?」

 「そうですね。これを認めてしまえばドラフト会議の意味さえ無くなってしまいます。当然・・・」

 

 

 「言われましたが・・・

 巨人がドラフト会議をボイコットして抗議します」

 「は?巨人がボイコット?他球団じゃなく?」

 「はい・・・」

 「なんという逆ギレ」

 「他球団もこの騒動の前までは江川の指名を諦めていたそうです・・・

 しかしこの巨人の横暴の抗議を込めて4球団が指名します」

 「抗議ではなくあわよくばと思ったんですよ」

 「さてどうでしょうか?結局阪神が交渉権を獲得しますが、巨人は・・・」

 

 

 「・・・と言い出します」

 「朝鮮人並のゴネだわね」

 「巨人は人気球団であると同時にアンチが多いのはこういうところに原因があるのでしょう。

 日本野球機構コミッショナーも当然却下しますが・・・」

 

 

 「と言い出します」

 「新リーグの立ち上げ?つまり?」

 「脅しですね」

 「ダメだこいつら・・・何とかしないと」

 「こんなんで脅しになるのか?」

 「巨人は良くも悪くも人気チームです。

 巨人との対戦での観客動員やテレビ放送権などなど・・・

 巨人がいなくなくなると困る球団がたくさんあるのです」

 「なるほどね」

 「結局、日本野球機構コミッショナーが『阪神に入団させその後すぐにトレード』という強制に近い提案で納得させます」

 「阪神もよく飲んだわね」

 「トレードの相手というのが、当時巨人のエースであった小林繁だったんです」

 

 

 「実績のあるベテランと新人のトレードか」

 「阪神はずいぶん得した気がするわね」

 「確かに小林繁は移籍1年目で22勝の最多勝利をあげ、自身2度目の沢村賞を獲得する活躍を見せます」

 「沢村賞?」

 「戦前のプロ野球黎明期において豪速球投手として名を馳せた巨人軍の沢村栄治の栄誉と功績を称えて設けられた賞です。

 投手にとって大変名誉な賞なんですよ」

 「阪神は江川を指名していて良かったわね」

 「ただ、その後は怪我に泣かされ1983年に引退します」

 「あらら・・・」

 「江川はどうだったんだ?」

 「江川は初シーズンこそ振るいませんでしたが、その後は順調に活躍。

 1981年には20勝6敗、防御率2.29、奪三振221で最多勝、最高勝率、最優秀防御率、最多奪三振、最多完封と言う投手五冠に輝く活躍を見せます。

 「やっぱり凄かったのね」

 「しかし、その後は江川も怪我に悩まされ完投数が激減。

 わずか9年でプロ野球人生に幕を閉じることとなりました」

 「なんだかなー」

 「入団にあれこれ問題を起こした人はあまり活躍できないフラグですよ」

 「さて、この江川事件の騒動で巨人や日本野球機構は世論の批判を買うこととなりました」

 「まあそれはそうだろうな・・・」

 「これにより日本野球機構コミッショナーは辞任。

 巨人も全面的に謝罪し公式戦開幕から2ヶ月間、江川の出場を自粛させることとしました」

 「謝罪しる」

 「その程度で済んだら安いモノだわね」

 「このことがきっかけでドラフト制度によって選手は自分の球団を選べず、

 憲法が定める「職業選択の自由」に反するのではないかという議論が読売新聞を中心に起こり・・・」

 「読売かよ」

 「商業選択の自由〜あははん〜♪」

 「あなたいくつよ・・・」

 「読売新聞って巨人の親会社だろ?」

 「(・∀・)ジサクジエーン!!

 「議論が起こり・・・じゃなくて議論を起こすの間違いでしょ」

 「マスコミ得意のマッチポンプかよ」

 「どうしてこう世論を作ろうとするのかしらね・・・」

 「これはその後、逆指名制度や10年選手制度(現FA制度)の改革のきっかけになるのですが・・・」

 「あれ?逆指名制度は無くなったんじゃなかった?」

 「逆指名制度?」

 「大学生と社会人は自ら希望の球団を指名できるんです」

 「いいじゃないか。なんで無くしたんだ?」

 「金よ金

 「金?なんで金なんだ?」

 「裏金ですよ」

 「選手が球団を決められるわけですから、選手本人や家族、親類縁者に袖の下を・・・」

 「ああ・・・なるほどな」

 「しかも裏金ですから収支が見えないわけです。

 これは脱税の温床になったり、球団経営を圧迫したり、という悪循環に陥りました。

 これも後の球界再編問題に繋がるわけです・・・いうことでここまでいったん終了です」

 「ありゃ?もう終わり?」

 「なんか金の話ばっかりだな」

 「プロの話ですからね。それも致し方ありません。

 それでは続きはまたの機会に」

 「またの機会があればいいですけどね」

 

 次があったら→


世界史コンテンツTOP

野球の起源 プロ野球の歴史 明治大学野球選手を巡る裏金事件 一場靖弘 シダックスの野村克也監督が語る「球界の裏金事情」。 プロ野球再編問題 (2004年) 日本学生野球憲章 野球ノ統制並施行ニ関スル件 別所引き抜き事件