☆日露コンテンツ ソフィア先生の日露戦争その7☆


 

 

 

 

 

 

 「さて、第3軍が旅順で苦戦している訳だが、それは措いて先に遼陽会戦の講義を始める。日本軍が短期決戦を目指していた事は覚えているな」

 「ちょっといい?」

 「何だ?」

 「『会戦』って何?」

 「海での戦いですよ」

 「それは海戦」

 「かゆいもの」

 「それは疥癬」

 「コーヒー」

 「焙煎」

 「最近流行ってる……」

 「『ごくせん』か?」

 「……」

 「……」

 「今日はこの辺で勘弁しておいてあげます」

 「へいへい」

 「さりげなくまた本家を流用しているな」

 「細かい事はケンチャナヨ」

 「会戦とは……

 だそうだ」

 「長いわよ」

 「じゃあ、

 「となる。要するに両軍ともやる気満々の戦闘だな」

 「軍オタ垂涎の戦いというわけですね」
 ※アイコンは読者サービスです(笑)

 「確かに作者はアウステルリッツ三帝会戦に対して、ろくにわかってもいないくせにもえているが」

 「何故、『も』が平仮名なんです?」

 「皆様のご想像に御任せしたい」

 「政治家みたいな答弁だな」

 「じゃあ、遼陽会戦は日露双方ともに十分準備されていた戦いだったわけ?」

 「ところが必ずしもそうではない」

 「ハァ?」

 「双方共にある程度の準備不足を承知で戦わざるを得なかったのが遼陽会戦だ」

 「どういうことですか?」

 「まずロシア軍についてだ。ロシアと日本の国力は大幅に隔絶していたから、当然ながら戦力でもロシアと日本は隔絶している。ところが開戦時、ロシア軍の主力は大部分がヨーロッパにいたのだ」

 「海軍もバルチック艦隊はまだ本国だったわね」

 「そうだな。日本はそこをついてロシア軍の主力が極東に展開される前に戦争を始めたのだったな」

 「そうだ。ロシア軍の伝統はできるだけ内部に敵を引きつけて冬将軍とともに一気に反攻に出て壊滅させることだ。日露戦争より前の対ナポレオン戦でもそうだ。後年の二次大戦は本家に詳しいのでそちらを参照してくれ」

 「ロシア軍の総司令官であるクロパトキンの作戦はというと、遼陽・奉天で日本軍を消耗させ、その遥か北、ハルピンまで日本軍をひきつけて一挙殲滅する狙いだった」

 「ナポレオンとヒトラーの例を考えても、そうなったら満に一つも日本軍に勝ち目はなさそうね」

 「そうだな。ところがクロパトキンはハルピン引きつけ作戦を取れなくなった」

 「何故です?」

 「鴨緑江、南山の戦いを経て遼陽南の得利寺でも敗れたクロパトキンに対するロシア宮廷内の信用が揺らいできたのだ」

 「さらに極東総督のアレクセーエフはその立場上クロパトキンに対して『旅順を救援しろ』と言ってくる。それには眼前の満州軍を破らねばならない」

 「とすると、クロパトキンは自分の立場を守るために遼陽で日本軍を打ち破る必要性が出てきたというわけか?」

 「そうだ。しかもクロパトキンにとって都合の悪いことは、シベリア鉄道の輸送力が不十分ですぐに極東に兵力を展開できなかったことだ」

 「しかも遼陽会戦直前に本国から来た援軍は、質の劣る予備集団だった。日本軍より戦力が上回っているとはいえ、決して攻勢をとるには充分ではない。少なくともクロパトキンはそう考えていた」

 「日本軍より戦力が上回ってるって言うけど、どのくらい?」

 「遼陽会戦における日露の兵力は下記の通りだ。

 しかも火砲の砲弾は1門あたり日本軍200発なのに対してロシアは3倍の600発だ」

 「大きな差ですね。特に砲弾の差が大きいです」

 「何でこんな差になったのだ?」

 「まず旅順での激闘に砲弾が割かれたのが一つ。もう一つは開戦当初に陸軍が立てた砲弾生産計画が『1門あたり50発(1ヶ月単位)』という非常に少ない計画だったからだ」

 「その計画はありえないでしょ?」

 「日本を弁護すると、三国干渉の後軍事力増強に励んだが、当時の国力では師団を日清戦争の2倍の13師団に増やすのが手一杯で砲弾まで手が回らなかったのが現状だということだ。砲弾製造能力は1月10万発に過ぎん」

 「日本軍の準備不足というのは砲弾不足か」

 「そうなるな。だが、時間が経てば経つほど情勢はロシア有利に傾く。短期決戦を欲する日本軍は遼陽決戦を狙った訳だ」

 「100%の狙いどおりではないですが、両者の思惑が一致したという事で遼陽で会戦が行なわれた訳ですね」

 「そうなるな。このような状況で8月22日、大山総司令官は第1、2、4軍に26日から行動を開始するよう指令した。第1軍が遼陽の東から、第2軍は遼陽南西から、第4軍は遼陽南から攻撃を加えるが、実質第2軍と第4軍の戦線はほぼ同様とみて差し支えない。第2、4軍の戦線を南部戦線、第1軍の戦線を東部戦線としておく」

 「東部戦線……地獄の匂いがするネーミングですね」

 「どんな戦線だったのだ?」

 「それに関してはまず遼陽のロシア陣地について説明しなければならない。遼陽のロシア陣地は南と西が堅かったが、北と東は薄かったのだ」

 「北はロシアの勢力圏だからわかるとして、何で東は手薄かったの?」

 「山岳地帯だったので、その山岳が陣代わりとなったのだ」

 「ふーん」

 「まず東部戦線の日露両軍を比較しておこう」

 「ちょっと待ってよ、何でロシア軍のはいい加減なのよ!」

 「書くのが面倒だから」

 「おぃ

 「日本の軍体系が上から軍―師団―旅団…とあるのに対して、ロシアは軍―軍団―師団―旅団…とあって・・・どう比較するのかよくわからん!!

 「ダメねえ」

 「まぁ師団一つ取っても国々によって規模が違うというからな。例えば冷戦時代のソ連の1師団は自衛隊の2〜3師団に匹敵したからな。また、師団の中に配備されている旅団数によっても異なってくるしな」

 「ロシア側の軍団長や師団長の名前は?」

 「それこそ書くのが面倒臭い。必要になったら出てくる。訳わからんうちにぶちのめされた軍人として名前を出すのも不憫だろう」

 「ま、そういうことにしておくか」

 「あと、遼陽会戦の地図はこのサイトhttp://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/が詳しいので参照してくれ」

 「相変わらず丸投げですね」

 「さて、8月26日に第1軍は動き始めるわけだが、目前の山岳地帯にいるロシア軍を叩きのめさなければ遼陽に出られず、来るべき会戦に措いて完全な遊兵となってしまう」

 「でもさ、砲弾が足りないんでしょ? どうするのよ」

 「どうすると思う?」

 「どうするもなにも……、弾が無ければ銃剣突撃しかないんじゃないか」

 「そんなことやったら長篠の戦いの武田軍みたくなっちゃいますよ」

 「鉄砲三段撃ちは後世の捏造らしいっていうけどね」

 「捏造っていうなよ……」

 「だから敵の砲弾から撃たれない状況でやるんだ」

 「火縄銃じゃないんだから、雨を待つのは意味ないわよ?」

 「日本軍得意の夜襲があるじゃないか。レーダーもスコープも無い時代だ。夜陰に紛れて白兵戦に持ち込むんだ」

 「確かにミノフスキー粒子を散布されては有視界戦闘を行なわざるを得ません。だからルウム戦役では圧倒的戦力差にもかかわらず連邦は負けたんですよね。流石連邦というだけあって物量しか能が無いのですね」

 「何の話をしてる……」

 「アルクのいうことはわかるけど、夜襲は少数精鋭でやるのが常識セオリーじゃないの? その少数で山岳地帯にいるロシア軍を叩きのめせるの?」

 「だったら多数でやればいい」

 「(゚Д゚ )ハァ? 夜襲って奇襲戦法でしょ?大勢の夜襲じゃ奇襲にならないじゃないの・・・できるの?そんなこと」

 「それを可能にするために鍛えられた師団が第1軍にあったんだよ。西寛二郎大将率いる第二師団だ」

 「ロシア軍第10軍団が防衛戦を引いていたが、その中核となるのが弓張嶺だった。ここを突破しなければならない。攻撃担当は第二師団だ」

 「藤井参謀長が『師団規模の夜襲で行きましょう』と提言したが、参謀の中で意見が分かれた、これを黒木閣下が上手く裁いた」

 「そして西第二師団長が麾下の第3旅団長・松永正敏少将と第15旅団長・岡崎生三少将を伴ってやってくる」

 「………この元ネタ全部わかるヒトいるのかしら」

 「しかもファーストとZとでバラバラだし・・・、アイコンはフルメタだし・・・」

 「こうして第二師団による弓張嶺夜襲が決まった。時間的に厳しい状況だったが、なんとか地形偵察などが間に合った」

 「で、夜襲の経過は?」

 「とにかく静かに行動しなければならない。体験者はわかると思うが、夜間の山岳地帯というのは音が非常に響く」

 「まるで作者が体験したみたいね」

 「……と本に書いてあった」

 「おぃ

 「とにかく行動に注意を払ったという事だ。夏なのに頬にとまる蚊を叩く事も控えたという」

 「奇襲には成功したが、対するロシア兵も勇敢だった。忽ち両軍入り乱れての乱戦となる」

 「乱戦の状況を表す例として、第3旅団所属の第四連隊第二大隊副官の三浦真中尉の戦い振りを紹介する」

 「……シーブック、レズン、ライラ……いくらなんでもやりすぎじゃない?」

 「そんな名前入りのツッコミがすぐできるルクスさんもどうかと思いますが」

 「そ、それは……(小声で)この前見たばっかりだから

 「おおぅ、スバラでーす! 同志ルクスは自身におたく文化を布教中! 我らの世界征服の野望はちゃくちゃくと進行中なのであーる!

 「何であんたがここにいるのよ・・・

 「いやちょっと大本営から出張中」

 「そりゃ6時間目の話でしょう!

 「では諸君、さらばだ!

 「一体何だったのよ……」

 「オタク……私のルクスがオタク……」
 (注・そんな設定はありません)

 「作者はパクリもとの皆様に謝罪しる!賠償しる!」

 「すみません、謝罪はしますが賠償は(以下略)

 「全く心がこもってないな。……ヴォルフ、三浦中尉がどうなったか説明を続けろ」

 「……はい。えーと・・・三浦中尉が急に重さを感じたのはロシア兵の銃剣が銃ごと突き刺さったからで、その後、軽くなったのは根元が折れたから。三浦中尉はその後奇跡的に回復して、この戦功の為に、陸大を出ていない軍人としては最高位の少将まで昇進した

 「銃剣が刺さったままでよくそこまで暴れることが出来たわね」

 「他にも似たような例がある。この弓張嶺夜襲には40度の高熱を冒しての参加者、前の戦闘で右腕を失い治療中だったにもかかわらず『残りの左腕と両足で死に場所を得たい』と言って参加した参加者もいる」

 「昔から日本軍はこうだったのか。ある意味キ○○イの集まりだな」

 「愛国心と義務観念が強いといってくれ」

 「弓張嶺に攻撃を開始したのが月入り後の午前3時半で、全山に日章旗が翻ったのが午前11時だ。山の頂上からロシア軍が潮の引くように逃げ去った様子が目撃されたという。伊藤正徳御大はこの弓張嶺夜襲を『世界軍事史上不滅の大記録』と書いている。これだけの大部隊による夜襲が成功した例は戦史上かつてなかったし、当時は師団規模の夜襲など不可能だと思われていた」

 「なぜこんなにも上手くいったのでしょうか」

 「事前準備の周到さと、この地域のロシア軍が機関銃を持っていなかった事だな」

 「近衛師団と第十二師団も同様に敵陣の攻略に成功した。各師団の戦闘参加人数と損害は以下の通りだ」

 「近衛師団の相手が他と比べて大兵力ですね」

 「そうだ、事実近衛師団は大苦戦した

 「では何故攻略に成功したのだ?」

 「東部戦線のロシア軍が弓張嶺夜襲にびびって退却したからだ。あるいは上にもあるように、元々ロシアは敵を引きずり込んで一挙に壊滅するという作戦を取る事が多いから退却したのかも知れん」

 「じゃあ、これで第1軍は遼陽攻撃に参加できるってわけね」

 「ところがそう簡単ではない。山岳地帯を突破した第1軍を待ち構えていたのは遼陽の東を流れる太子河という川だ。無論川を挟んでの遼陽側には退却したロシア軍が待ち構えている」

 「黒木大将はどうしたのですか?」

 「それを語るために話を南部戦線に移す。まず南部戦線の日露両軍の編成だ」

 「やっぱり略すのね」

 「(無視して)8月27日、第2軍はロシア軍の最前線陣地、鞍山站を攻撃した。この陣地は日本軍の出方を窺う警戒陣地に過ぎず、ロシア軍はあっさり退却する。引き続いて29日、ロシア側の第2陣地ともいうべき首山堡の眼前に第2、4軍が到達した」

 「ここで満州軍総司令部は大きな誤りを犯す」

 「なんだ?」

 「首山堡を鞍山站と同様の警戒陣地とみて、ロシア軍はここで抵抗せず、第3陣地まで退却するとみたのだ」

 「なんでそんな事になったんですか?」

 「遼陽を取り巻く第3陣地こそが主抵抗線だと思ってしまったのだ」

 「第2軍に属する秋山好古少将の騎兵旅団が偵察した結果『首山堡こそ敵の主抵抗線』という情報は得ていたのだが、先入観で黙殺してしまったのが痛かったな」

 「ダメですねえ」

 「これまでロシア軍は退却戦術を取ってきたからそういう先入観を持ってしまっても無理はない」

 「で、どうなったのだ?」

 「首山堡を巡って一進一退の攻防が繰り返された。いや、一進一退などという生易しいものではないな。8月31日に大規模な攻撃が加えられたが、クロパトキンが『8月31日の戦闘は我が軍の全勝に帰した』と書いたとおり、日本軍は敗北寸前の大苦戦を強いられていた

 「海の軍神、広瀬武夫と並んで陸の軍神、橘周太を生んだのもこの8月31日の首山堡の戦いだ」

 「軍神って言うと壮絶な死に方だったんでしょうけど、どんな感じだったの?」

 「そりゃガルマザビとかランバラルとかノリスパッカードとかアナベルガトーとかカツコバヤシとかマシュマーセロとかリーンホースjrの老人とかバランとか対ナッパ戦のピッコロとかメタルダーとかバイオマンの初代イエローとかサッカー好きの久保さんとか原作じゃ誰一人死んでなかった漫画版の崑崙十二大仙とか実在したかどうか怪しい武蔵坊弁慶とか原哲夫風の織田信長とかじゃないですか?

 「約1名そうでないのが居るような……」

 「それに作者が見たのは確かだけど大昔過ぎて本当にそんな最期だったかどうか怪しいキャラも混じってるし」

 「いいんですよ、雰囲気はわかりますから」

 「ほう、じゃあ貴様が橘少佐(死後中佐)の最期を説明してみろ」

 「それは止めた方がいいんじゃ……」

 「相変わらず失礼な事を言いますね、チョッパリは」

 「・・・私はアメリカ人なんだけど」

 「日本語喋ってるじゃないですか」

 「また本家のネタを借用してるし…」

 「いいですか、橘少佐はですね、部隊を率いて自身が先頭に立ち『俺に続け!』と首山堡を目指して駆け上ったんですよ」

 「ふむふむ」

 「まず銃弾が少佐の軍刀の鍔を砕き、右腕を貫通しました。それでもひるまずに敵の一塁を奪取します。このとき右手だけでなく腹部、胸部、大腿部にも被弾しました。血達磨のごとき姿で仁王立ちしますが、腰をえぐられてついに倒れます」

 「壮絶ね」

 「しきりに戦況を訊ねていますが、次のような遺言を残して絶命しました」

 「以上が軍神橘少佐の最期です。このとき奪取した堡塁も翌日に奪回されてしまいました。旅順港の広瀬少佐ともども、軍神といわれつつも実は戦況好転にはあまり貢献してないんですね」

 「締めがひどい言い草ね。というかそんな遺言はありえないでしょ」

 「まぁ作者にとっての軍神は黒木閣下だからな。正しくはこうだ」

 「悔いが無いところはあってますね」

 「はいはい」

 「橘中佐に関しては『日本のうた講座 3時間目』で紹介されている軍歌『橘中佐』を見ていただこう。また、ここには、

 同じくこの形式を模したコンテンツで『轟く砲音』を大和田健樹作詞と紹介しておられるサイトがありますがこれ、作詞者不詳です。

 とある。多分この日露コンテンツ3時間目のことだろう。作者が読んだ文献の裏も取らずに載せたんだが、これを見て改めてグーグルにかけると、なるほど作者不詳のようだ、ということで訂正しておく」

 「軍神を生んだ事はわかったが、戦況は悪いんだろ? 綱渡りの日本軍に敗北は許されない。どうするんだ?」

 「そこだ急所は」

 「この危機を救ったのが東部戦線にある黒木閣下率いる第1軍だ!!

 「太子河を渡ろうとしていたんだっけ?どうしたの?」

 「敵の目前で6万もの兵力を密かに迂回させて、一気に渡ってしまうのだ」

 「ハァ? そんな無茶苦茶な説明にもなっていないものが成功するわけないでしょうが!!

 「そうだ。孫子の兵法にも『客 水を絶ちて来たらば、これを水の内に迎うる勿く、半ばわたらしめてこれを撃つは利なり。』とあるように渡河作戦は危険な作戦だ、第1軍にいたドイツの観戦武官、マクシミリアン・ホフマン大尉も『成功率20%もないですよ。失敗したら地獄です』と諌めている」

 「もっともですね」

 「対して黒木閣下は『戦争は理屈じゃない。危険ばかりを計算して戦争は出来ん』と実行に移す。8月31日夜陰に乗じて行われ見事渡河に成功する

 「しかし、そんな無茶な作戦がなぜ成功したんだ?ロシア軍は目の前にいたんだろ?」

 「まず入念に渡河地点の下調べをしていたのが一点。そしてロシア軍の電信線が切断されていて連絡が遅れたのが一点。クロパトキンが麾下の軍団に勝手な行動を取る事を禁じていたため臨機応変な行動を取れなかったのが一点だな」

 「なるほど、ロシア軍はバカばっかってことね♪」

 「それは違うと思う・・・」

 「余談になるが、この渡河作戦を参考にしてホフマン大尉が作戦を立案し、大成功を収めたのが第一次大戦の東部戦線におけるドイツ軍最大の勝利であるタンネンベルク会戦だ」

 「この渡河成功の結果、遼陽の東北部に出た第1軍に対してクロパトキンがびびったのが遼陽会戦の最大のポイントだろう」

 「びびったって?」

 「南部戦線の兵力を退却させ、東部戦線に持っていったのだ。鴨緑江以降『黒木は何をするかわからない』とクロパトキンは思い込んでいたフシがある」

 「兵力転用なんて簡単にはいかないだろう」

 「そうだ、事実南部戦線のロシア軍は『勝ってるのに何で退却なんだ?』と不満たらたらだった。総帥クロパトキンの頭脳を疑わなかった事により、大混乱は起こらなかったがな」

 「ロシア軍が退却したおかげで第2、4軍は活気付き、9月1日に首山堡も陥落する」

 「日本軍優勢に戦況が変わったわけですね」

 「そうだ、いよいよ遼陽会戦の最終幕となる」

 「太子河渡河に成功した第1軍は次の要衝、饅頭山の確保に動く。対してクロパトキンは主力を第1軍に向けている訳だ」

 「必然饅頭山で大激戦が起こるわね」

 「そうだ。饅頭山を取って取られの激戦が続く。首山堡どころの騒ぎではない。いかんせんロシア軍の物量は大きく、日本軍は苦戦を強いられた。9月2日に黒木閣下は『予備隊は居ない、敵は数倍、弾は無い、司令官はもう寝る以外する事無し』と言っている」

 「そして、本当に寝てしまったそうだ」

 「物凄い度胸ですね」

 「このあたりが黒木閣下が幕僚の絶大な尊敬を受けていた所以だろう」

 「それはいいが、せっかく迂回したのに大ピンチじゃないか。どうなるんだ?」

 「そうだ。南部戦線もロシアの第3陣地を攻めあぐねている。もうどうしようもない」

 「……と、この絶望的な状況を救ったのが第1軍だ」

 「第1軍は饅頭山で苦戦してるんじゃないの?」

 「第1軍の第二師団に属する第15旅団が饅頭山でのピンチを救った」

 「9月2日から3日にかけての夜、饅頭山での最後の激戦が起こった。夜だから当然相手の姿など見えず、同士討ちも生じたのだ。人間の声など当然聞こえない」

 「その時、

 「打ち方やめ!」

の号令を示すラッパが鳴り響いたのだ!」

 「直ちに日本軍の射撃が止まる」

 「まぁ当然よね、命令が出たんだから」

 「本当に当然だと思うか?」

 「え?」

 「声も聞こえない砲火の中で、しかも敵は打ちまくっているのに、自己の命を守る手段であるはずの射撃を止められるか?」

 「そう言えば……」

 「ニュータイプだってパニックになればライフルを乱射しますね」

 「例え方が間違ってると思う…」

 「この『打ち方やめ!』の号令が行き渡り、一斉に射撃を止めたことで、必然砲声は敵のものだけとなる。そこから闇夜で不明だった敵の居場所が判明したのだ」

 「しかもロシア軍は日本軍が撤退したと勘違いして前進してくる。その時、

『急射突撃!』

 のラッパが鳴り響き、一気に殺到してついにロシア軍を饅頭山から駆逐することに成功した」

 「この機知は旅団長の岡崎少将によるものだった。饅頭山が昭和20年まで『岡崎山』と呼ばれていた事で、この功績がわかると思う」

 「第二師団は以降、太平洋のガダルカナルで壊滅するまで『日本最強師団』の名前をほしいままにするが、それは弓張嶺と饅頭山の奇跡を演出したことによる」

 「日本最強軍は第1軍、最強師団は第二師団、最強旅団は岡崎旅団、騎兵の秋山旅団、旅順の一戸旅団、と続いたわけだ」

 「で、『不死身の第4小隊』と続くわけですね」

 「……ア・バオア・クー海戦やデラーズ紛争じゃないんだから」

 「(無視して)さらに、戊辰戦争の生き残りである梅沢道治少将が率いている近衛後備旅団がクロパトキンの弱気を誘う。日本軍の右翼を担当した第1軍の中でも梅沢旅団はその最右翼に位置していた旅団だ」

 「ちょっと待ってくれ

 「何だ?」

 「後備旅団とは予備部隊だろ?とても攻撃には耐えないのではないのか?」

 「そうだ」

 「だったら何故そんな部隊を前線に投入する?」

 「日本が貧乏だからだ」

 「結局それか」

 「話がずれるが日本が豊かになったと言えるのは昭和30年以降の話だぞ」

 「その攻撃に耐えないはずの後備旅団がどのように危機を救ったのですか?」

 「ロシア軍の偵察能力が低く、1個旅団を4倍の二個師団と間違えたためだ」

 「おぃおぃ」

 「しかも梅沢旅団を精鋭部隊と勘違いした。梅沢旅団渡河の報を聞いたクロパトキンは包囲を恐れて遼陽から撤退する。饅頭山で黒木閣下が寝ていた9月3日の事だ」

 「なぜそんなにあっさり撤退したのでしょうか?」

 「結局はクロパトキンの性格によるものだろう。クロパトキンは敵を過大評価する癖があった。もともと日本軍をできるだけ奥地に引きずりこむ狙いがあったクロパトキンにとっては『遼陽がダメでも奉天があるさ』くらいの感じだったのだろう」

 「そんなんでいいのかよ……」

 「日本軍も『何故ロシアは負けてないのに退却したのか』と思ったようだからな。さて、9月4日に日本軍は遼陽に入城した。これで遼陽会戦は終結する」

 「ちょっと待った」

 「ん?」

 「退却したロシア軍を追撃しないの?」

 「そうだな、追撃戦は追いかける方が優位だ」

 「ほう、いいところに目をつけたな」

 「へへーん」

 「出来なかった」

 「はい?」

 「したくても追撃戦が出来なかったのだ」

 「なんでよ!?」

 「日本軍が一杯一杯で戦っていた事を忘れたのか? もう余力が無かったんだ」

 「おかげで日本は青ざめる事になる」

 「どういうことでしょうか?」

 「日本軍が長蛇を逸したと見た外国軍従軍記者が『日本は遼陽で勝った訳ではない』と報道したのだ」

 「へー、それがどうしたの?」

 「ルクス、忘れたのか? 日本軍は外国からの借金で戦争をやってる事を」

 「それは覚えているわよ……あ、そうか、なるほどね」

 「日本が有利でない報道が流れると外国が金を貸さなくなる。戦費が枯渇しての悪循環…というより敗北の道へまっしぐらだ」

 「でもなんでそんな報道が流れたのでしょうか?」

 「日本が遼陽会戦の詳細をマスコミにほとんど公表しなかったのに対して、クロパトキンは遼陽会戦終了後のどさくさで『我々は予定の退却を行なっているに過ぎない。証拠に砲は2門を遺棄しただけだ』などと詳しく公表した」

 「自然に日本非勝利説が流れて、日本公債の応募が激減し、大本営は顔を青くする」

 「なんで日本は詳しく公表しなかったの?」

 「大本営が、というより明治日本そのものが国際世論の重要性を認識する能力に欠けていたからだ。従軍記者を『機密が漏れる』としてじゃけんに扱った」

 「児玉閣下は流石にその重要性を認識していて、従軍記者を現地に連れて行き、各軍に配属する便宜を図ったが、配属先によっては邪魔者扱いされたりした。しかも日本軍は遼陽会戦の末期においては敗色濃い状況だったので、何も説明されない記者にとっては『日本は負けている』としか見えなかったのだ」

 「なるほど、そういうことか」

 「募債が減って青くなった政府及び大本営は協議して、現地に『外国観戦員にできるだけ丁寧に扱え』と訓令を、山県有朋参謀総長の名前で大山巌満州軍総司令官に発せられた

 「・・・そりゃ変でしょ?」

 「何故ですか?」

 「だって元々大本営が鈍かったのにそれを現地の責任にするなんて」

 「その通りだ。児玉閣下は激怒して『自分の補佐が充分でないために司令官の徳望を傷つけたのは残念だ。責任を取るために辞職を願う』と大本営に送った。要するに・・・

『責任はあんたらにあるのにそれを大山閣下のせいにするんじゃねー( ゚Д゚)ヴォケ!!』

というところだな」

 「身も蓋も無い言い方はともかくとして、児玉が辞めて代わりの頭脳なんているのか?」

 「居る訳が無い。慌てた大本営は明治帝にすがってなんとか辞職問題は収まった」

 「で、結局どうなったわけ?」

 「日本側が遼陽会戦について詳細を発表したため、世界中が日本の勝利を確認した。クロパトキンが置き捨てた寝台を大山元帥が使ったというエピソードも含めて、日本勝利は妥当な判断だな」

 「募債も元通りになり、まずは一安心だ。遼陽会戦での両軍の損害は以下のとおりだ」

 「日本軍のほうが被害が大きいですね。これで勝ったといえるのですか?」

 「勝った方の損害が大きい例など戦史上いくらでもある。だが、日本軍にとって遼陽会戦は満足のいくものとはいえなかった」

 「何で?勝ったならいいじゃん」

 「短期決戦を経ての講和を狙う日本軍は敵地の占領よりも敵軍の殲滅を目標としていたからだ。満州はロシア領ではないので、占領=講和の材料にはならない。児玉閣下が第1軍を迂回させて遼陽を包囲する作戦を取ったのもロシア軍を包囲殲滅する狙いがあったからだ」

 「でもロシア軍には逃げられたな」

 「そうだ。長引けば金がかかる。これが前線に対して必要以上に酷になる原因だ」

 「例えば?」

 「遼陽会戦における大本営の感想は『黒木がよくない。なぜ逃げる敵を追撃しなかったか。戦果を拡大しておけば日本勝利の印象も明らかになり、募債ももっと効果になった』いわば『何故大勝に持ち込まず辛勝で終わらせた』というものだ」

 「ちょっとちょっと、それって完っ璧っ、無いものねだりじゃないのよ」

 「そうだ。はっきり言って遼陽会戦は第1軍の驚異的な奮戦があったからこそなんとか辛勝に持ち込めたのが事実といって差し支えない。だが、黒木閣下と藤井参謀長は非難を受けた。おかげで黒木閣下は元帥になれず(自殺した乃木を除くほかの軍司令官は元帥になっている)、各軍参謀長の中で最も功績がある(といえる)藤井参謀長も中将で軍歴を終えた」

 「この不公平人事に関しては政治的裏もあったようだが、戦績だけでみれば黒木閣下は元帥府に列せられてしかるべきだ。少なくとも他の元帥と比べて劣っているようにはみえない」

 「このころから日本軍の弊害が見えてますね」

 「全くだ」

 「作者は『全て山県有朋が長生きしたのが悪い』と思ってるのよね」

 「流石にそんな短絡的なものではないと思うが……」

 「これで遼陽会戦の講義を終わる」

 「あの…作者は『遼陽と沙河を一緒にやる』とか本家の掲示板に書いてませんでしたっけ?」

 「相変わらず先が見えずにやったことを後悔している。遼陽会戦を書いて力尽きた」

 「ダメですねえ。まだ旅順も残ってるんですよ?」

 「それは続きを多少書いてます。早めに何とかします

 「こんなことで2005年5月27日までに完結するのかしら」

 「ギク!したいとは思ってます(無理っぽそう……)

 「ということで次回は8時間目が沙河、6時間目その2が旅順の続編だ」

 

 

次回へ続く

6−2へ続く

 

 

 「何か、一昔前にはやったゲームブックか、スーパーマリオブラザーズみたいな次回への続き方ね」


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