☆涼宮ハルヒの社会科授業【番外編】☆
○このページは「涼宮ハルヒの憂鬱」

の作者である谷川流氏および
発行元である角川、スニーカーとは一切関係ありません。
ネタをネタと見抜けぬ方はお帰り下さい。このページの内容に関して謝罪や賠償を要求されてもいっさい応じません。
そんなことをしたらネタにするのでよろしく(笑)


 

 

 

WARNIG!!

これより読み進むと”涼宮ハルヒの憂鬱”のネタバレが盛り込まれている場合があります。
もし原作、アニメなどを読んでいない人が読むと後で後悔するおそれがあります。
見てない方はこちらを確認してください。では・・・

 

 

 

ドン!

 「みんないるわね。いない奴は蝋人形にしてあげるわ」

 「なにを言ってるんだお前は・・・」

 「あ、涼宮さん」

 「・・・」

 「どうやら蝋人形にされる人はいないようですよ」

 「それは残念ね」

 「だいたい一番遅れてきた奴の言うセリフじゃねぇだろ」

 「団長はいろいろ忙しいのよ」

 「なにに忙しいのやら・・・」

 「・・・」

 「さあ、この間の本を分析するわよ」

 「この間の本?」

 「この本ですか」

 「こんなの読んでも何一つ解決することはないと思うが・・・」

 「バカね、こんなトンデモ本書く人間は絶対普通じゃないわ!

 だからこれを分析する事で宇宙人や未来人や超能力者と遊べるかもしれないじゃない!」

 「それはない」

 「取り合えずみくるちゃん、お茶頂戴

 「あ、は〜い・・・・・・」

 「さて、また変なことを言い出したな・・・」

 「まぁいいじゃないですか。そうと認識してなくても宇宙人と遊べるわけですから」

 「それでいいのかね・・・」

 「さぁ、行くわよーそこには面白いことが待ってるんだから

 

私はこの本を1500円出して買ったのだぞ!
第二回:「【第一章】政治のサブカル化とネット右翼 『美しい国』の新しい政治気分 」編

 

 「前回は序文でしたから今回は本文ですね」

 「そう・・・」

 「な〜に書いてあるのかしら。楽しみね〜」

 「やれやれ・・・・・・」

 「第一章「政治のサブカル化とネット右翼」・・・ですか」

 「政治的光景の劇場化が全体主義に移行するのはなぜか、という批評家ウォルター・ベンヤミンの概念問題「政治の美学化」を挙げつつ」

 

 

 「と書かれている」

 「またサブカル化かよ」

 「本文中に際限なく出てくる」

 「そういうのは気にすると負けよ」

 「負けって何だよ」

 「ほど遠いのに隣接関係?」

 「この一文だけじゃ筆者は何を言いたいのか掴みきれませんが・・・」

 「以下しばらく筆者による日本の<サブカルチャー世界>の展開について書かれている」

 

 

 「えっと・・・」

 「・・・つまりどういうことだ?」

 「『正しい意味でのサブカルチャーというは変わってきてる』ってことでしょ」

 「前回説明した『サブカルチャーという言葉には複数の意味がある』ということを説明したいのでしょう」

 「はあ・・・」

 「じゃあそう書けよ。『コノテーション(言外の意)』とかわざわざ横文字使ってるし」

 「ふぇ〜・・・読みづらいですぅ〜」

 「しょうがないわよ。『横文字使ってる俺かっこいい』と思ってるバカなんだから」

 「おいおい・・・」

 「続き・・・」

 

 

 「トリッキーでアイロニカルな文化様態??」

 「トリッキーはtrickyだよな」

 「意表を突いた。もしくは奇をてらった。あるいは『ミスを誘う引っ掛け』が用意されている仕掛けのことを指しますが・・・」

 「アイロニカルはなんですか?」

 「ironicalのことでしょうね」

 「【ironical】皮肉な、という意味」

 「つまり奇妙で皮肉のような文化ってことね」

 「どんな文化じゃ」

 「クリスマスを祝うのに正月には神社にお参りに行く、そういう文化を表しているのではないでしょうか?」

 「じゃあ『ごった煮文化』とでも『懐が深い文化』でも他に書き方があるだろうに、なにを好きこのんで『トリッキーでアイロニカルな文化』だの言ってるんだ」

 「だめねキョン。こういうのは考えるんじゃないのよ感じないと!」

 「第6感で感じろとでも?」

 「そうよ」

 (だめだこいつ早く何とかしないと・・・)

 「メディアリテラシー・・・リテラシーは読み解く能力のことですよね」

 「情報を読み解く能力ということね」

 「えっと・・・独自のSF戦争アニメーションというのは?」

 「たぶんガンダムとかじゃないの?」

 「はあ・・・アニメというからてっきりドラえもんとかクレヨンしんちゃんかと思いました・・・」

 「SF戦争アニメーションってそんなにあるのか?」

 「そういえばそうね・・・」

 「海外ではNARUTOとか鋼の錬金術師、BLEACH、犬夜叉などが人気があるそうですが」

 「・・・この人あんまりアニメとか知らないんじゃないの?」

 「サブカル化云々言ってる本人がか?」

 「だってSF戦争アニメなんてごく一部よ」

 「よく知らないのにサブカルチャーの本を書いてるんですか?」

 「だから斜め上の答えしか書いてないんだわ」

 「まあまあ、まだ続きがあるようですし・・・」

 「これら日本のサブカルの進展が日本のハイテク産業を発展させる内部的力になったのだろう、と筆者は繋げている」

 「まあ間違いではないわね」

 「そうなんですか?」

 「アシモを作った人は『アトムを作りたかった』と言ったそうだからな」

 「今でもマ○チを作ろうと躍起になってる工学部出のエンジニアとかいるし」

 「マ○チ?」

 「日本のエンジニアは直立二足歩行に異常にこだわりを持ってますから」

 「いいじゃない。ゴキブリみたいなロボット作っても面白くないわ!

 「はあ・・・皆さん子供の頃の夢を追いかけてるんですね」

 「サブカルチャーの発展とその影響を踏まえつつ、筆者なりの問題点を指摘している」

 

 

 「政治的アパシー?」

 「【Apathy】無気力・無感動な態度。またはその状態」

 「政治的無関心のことですね」

 「じゃあ意欲の空白状態でいいじゃないか・・・」

 「政治に関心が無いと生活保守化、右傾化、親軍事化してしまうんですか?」

 「著者はそう考えているようですね」

 「政治に無関心な奴らは右翼だ!政治に関心のある奴らは左翼だ!ってことでしょ?」

 「その考えはおかしい」

 「次の一文はこの小段の最後の文章になる

 

 

 「かるちゅらるすたでぃーず、ってなんですかぁ?」

 「主にアメリカで行われる研究傾向のひとつ。

 政治経済学と緒社会学等を横断して特定の現象がイデオロギーや社会階級とがどのように関連しているのかを考える事」

 「展開しないということは使わないということですよね?」

 「使わないなら書かなきゃいいのにな」

 「第三章 ネット右翼の立ち振る舞いと「こころ」から抜粋」

 

 

 「以降『抑圧されたエスの解放』『心のつっかえ棒』といった語句が頻繁に出てくる」

 「あ、あれ?」

 「「心理学」「社会学」いわんや「カルチュラル・スタディーズ」もどきは展開しない・・・じゃないのか?」

 「おたくカルチャーと引きこもりとの関連性を追及するような「心理学」(ryは展開しないけどそれ以外は使うのよ!!

 「これのどこが普通の体感型知的エッセイなんだ?」

 「著者はこれが普通の感覚だと思っているのでしょう」

 「どちらかというと異常な体感型キチ○イエッセイの方があってると思うわ」

 「おいおい・・・」

 「ま、いいわ。次に移ってちょうだい」

 「印刷メディアの速報性が映像媒体やインターネット上のニュースヘッドラインに敗北している事を挙げつつ、筆者はそこに問題点を指摘しようとしている」

 

 

 「インターネット上でニュース情報を同じに扱われていることを筆者は危惧したいのですね」

 「どういうことだ」

 「つまりですね、インターネット上ではどのニュースから読もうと順序はユーザーの完全な意思に寄ります。

 一方、新聞やテレビは基本的に展開から終了まで情報発信者の意思で順序を決めることが出来ます」

 「テレビ局も新聞社も編集するからな」

 「・・・おそらく筆者の方は、このように情報発信者側がニュース情報に順序を決めることが出来ない、という部分に対して問題であると言いたいのではないでしょうか」

 「要は・・・」

 「と、こう言いたいわけよ」

 「そうか?」

 「・・・

 

 

 「「等置」される???」

 「同等に置かれるということでしょうね」

 「そんな日本語あったかしら?

 「まあ、なにが言いたいか分かるのが漢字のいいところですし・・・」

 「新聞紙面がページごとにジャンル別が分類されているのとは異なって、検索サイトのようなニュースサイトでは同等に置かれている・・・でいいと思うのだが」

 「ニュースヴァリューというのはなんのことでしょう?」

 「ニュースバリューのことでしょう。ニュースとして報道する価値という意味ですね」

 「ニュースとして報道する価値が無くなってしまうのでは?ということでしょうか」

 「なぜゆえヴァリュー・・・」

 「原文ママ」

 「ヴァって言葉が出せて喜んでる子供のようだわー」

 「まあまあ」

 「えっとつまり・・・ニュース一覧を自分で設定できるようなサイトでは重要な記事も無視されてしまう。市民記者コラムのニュースがたくさん出来るのは可能性を感じる反面、ニュースとして報道する価値が無くなってしまうのでないか・・・ということか」

 「インターネットでニュース読んじゃ駄目なんですかぁ?」

 「恐らく、筆者にとってはインターネットによる速報性より新聞の紙面構成編集の方が価値が高いと考えているでしょう」

 「・・・」

 

 

 「えっと・・・情報を読み解く能力がまだない子供たちは、安易な情報に流されてしまう可能性が高まるということでしょうか」

 「そりゃ新聞を読んでいても同じことでしょうに」

 「新聞が正しいことを書いていることが前提ですからね」

 「えー正しいことを書いてるんじゃないですか?」

 「新聞がかならず正しいことを書いてるなんて幻想よー!

 「記者が人間である以上、主義主張が反映されるのはいたしかたないことかと・・・」

 「はぁ・・・」

 「問題は『新聞は正しいことを書いてる』と盲信している人がいることね」

 「そりゃネットでも同じだろう」

 「そりゃそうよ。結局ネットだろうが新聞だろうが情報の選別が出来るか出来ないかは個人の問題だわ」

 「まあ著者は新聞の方がよいと考えているのでしょう」

 「いろんな情報をたくさん参照できるネットの方が新聞の安易な情報に流されるよりいいんじゃないの?」

 「伝達速度ではネットの情報は圧倒的に早いしな」

  「筆者は情報の「ネタ化」をあげている」

 

 

 「等置は等価につながる?」

 「つながるんですか?」

 「どうせ、俺の意見が聞けないのは等価になったからだと思っているんでしょ」

 「著者は等置は等価につながると思っているようですね」

 「どうやら妄想癖があるようね」

 「お前に言われたくないと思うぞ」

 「だいたい『新着』ニュースが同じところに置かれて『問題がある』と考える方がおかしいわよ」

 「次に筆者なりにこの現象の利点と危険性を考えている」

 

 

 「『と言う考え方もありうる』のに『とも思われる』と言われてもね」

 「結局この人は自分の考えを優先させたいのか?・・・・・・まぁ自分の書いた本だからだろうが」

 「批判の事例が教育基本法反対集会の報道ですか?」

 「なんで一部の人たちが反対しているのを、重要なニュースとしているのか分からないわ」

 「一部の人たちなんですか?」

 「そりゃそうよ」

 「そう・・・」

 

 

 「朝日の調査でも「賛成」が56%で「反対」は29%」

 「自分が気にしていることを報道しないのは問題だと騒がれても・・・」

 「ちなみに『四〇〇〇人が参加した』と言うのは主催者発表

 「だいたいこの手の記事なら朝日あたりが報道してるでしょ」

 「してる。ネットでも・・・」

 「というかこの森川という人はTVのニュースで報道しなかったのを問題にしてないか?

 「そうですね」

 「それがなんでネット上でニュースが等価的に扱われる事への批判の事例になるんだ?

 「逆に考えるんだ!!ネットでニュースが等価的に扱われるからTVのニュースもおかしくなっているんだ!!

 「逆と言うよりは斜め上という感じだが・・・」

 「・・・」

 

 

 「つまりなにが言いたいんだ。この著者は・・・」

 「つまり・・・」

 

 

 「ってことよ」

 「それはインターネットのせいではなく、マスコミのせいじゃないのか?」

 「唯一だしている事例がそうですからね」

 「筆者はネットを中心に社会が、スペクタクル化していると述べる」

 

 

 「スペクタクル化?」

 「劇場化してると言いたいのでしょう」

 「見ている側のウケのいいニュースをマスコミは提供している・・・ということだな」

 「ま、当然よね。新聞社だって会社だし」

 「そういう点では小泉さんはマスコミを使うのが上手かったですからね」

 「自民党がマスコミをコントロールしてるとかバカなこと言い出した奴も出そうだわね」

 「もしそうなら安倍さんのときも、もっと上手くコントロールして思いますが・・・」

 「・・・それはマスメディアの問題じゃないのか?」

 「・・・」

 

 

 「インタヴュー?マンガやアニメじゃないんだからインタビューでいいだろうに・・・」

 「この人の頭の中の方がサブカル化してるわね」

 「安彦良和さんというのはどんな人なんですか?」

 「アニメーター。機動戦士ガンダムのキャラクターデザインで有名。最近では雑誌『ガンダムエース』で漫画も連載してる」

 「日本サブカルチャーのエース・・・ねぇ」

 「ガンダムエースで連載してるからじゃない?」

 「中井英夫さんは?」

 「戦後に活動した幻想小説家。日本推理小説において四大奇書と言われる作品の内、三作が彼の著作。少数のマニアックな読者に支持されていた」

 「へー有名な方なんですね」

 「一部の人にとっては有名なんじゃないの」

 「それで、そのインタビューとは?」

 「・・・」

 

 

 「いい!何か面白いことはないかなぁとキョロキョロしていれば、それにふさわしいとっぴで残酷な事件が、いくらでも生まれてくるのよ

 

 

 「んな・・・推理小説の主人公じゃあるまいし・・・」

 「バーロー

 「著者は小説の一文とインタビューが似ていることから何かの兆しを感じられるとっても多感の人なんだから」

 「商業化されている以上、マスメディアが「顧客の目を引くもの」を選ぶ当然だと思いますが・・・」

 「だからこれはマスメディアの問題だろ?ネットの話はどこに行ったんだ?」

 「・・・」

 

 

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「俺には『ネット右翼が増加したのは9・11が原因だ』と読めるんだが」

 「読めるわね」

 「これはまた、大胆な考え方ですね・・・・・・」

 「大胆ってレベルじゃねーぞ」

 「えっと・・・どうしてなんでしょうか?」

 「・・・具体的なことは書いてない」

 「ま、いいわ次よ」

 「小段は変わってネット空間でのネタとしての基準について書かれる」

 

 

 「え?えっとぉ・・・これはなんでしょう」

 「無駄な語句が多すぎて何言いたいか分からないな」

 「そうですね・・・・・・

 『現代の情報社会は日本人特有の現実主義的な気質が、全ては小話(こばなし)であるという捉え方に集積されて受け取られる』

 恐らく彼の言う『唯ネタ論』とはこのような事ではないでしょうか」

 「お前にしてはそれなりに分かりやすい説明だな」

 「どういうことですか?」

 「つまり『ネットの世界はネタばかり』って言いたいのよ」

 「お前は略しすぎだ」

 「『小話として情報を加工する事、小話に対して視聴者が取るべき作法がネット空間には存在して、それらは筆者が指摘するところの情報のサブカル化を進めて社会全体がそれに倣うだろう』というあたりでしょうか」

 「『そのうちそれが普通になるだろう。おお怖い』ってことね」

 「はぁ・・・」

 「情報の伝達が小話として伝播すること筆者なりに問題提起しようとしているのでしょう」

 「・・・

 

 

 「どうやら筆者は大手メディアのニュースを笑い話のように扱うことを危惧しているようですね」

 「マスコミの垂れ流す記事をネタにすると酷いことになるぞーー

 「ところで、ニュースをネタとして判断するための「いいキャラ」ってなんですか?」

 「ハンカチ王子とかハニカミ王子のことじゃないのか?」

 「あれはマスコミが勝手に騒いでるだけよ。いいキャラというのは・・・」

 

 

 「とか」

 

 

 「とかに決まってるわ」

 「そりゃ人じゃねぇだろ」

 「・・・」

 

 

 「メディアストラテジー?」

 「メディア戦略、主にマスコミ対策のことですね」

 「結局なにが言いたいんだ?」

 「小泉さんに人気があったのが気に入らないってことよ」

 「そ、そうか?」

 「・・・」

 

 

 「ここで筆者はイラクでの日本人人質事件を例題としてあげている」

 「日本人人質事件?」

 「イラクに行った三馬鹿でしょ?」

 「2002年からのイラク戦争に関連して、2004年にイラク武装勢力がイラクに入国している日本人を誘拐・拘束し、自衛隊の撤退などを求めた一連の事件である。これは米軍のファルージャ攻撃以後頻発した、数ある外国(非イラク)人拉致事件の一部である」

 「日本政府がイラクへの渡航自粛勧告、退避勧告を行っていたのにも関わらず、渡航したことが問題視されました」

 「しかも三馬鹿の親が政府に対して自衛隊の撤退を要求したのよ」

 「思いっきり政治利用してるな・・・」

 「そのこともあり自己責任とバッシングを受けることになったんです」

 「ところでこのパウエル国務長官の発言って捏造騒ぎがなかった?」

 「ありましたね」

 「捏造騒ぎですか?」

 「大手マスコミがパウエル長官の発言を恣意的に翻訳して『ボランティア精神で危険地域に乗り込んだ3バカはえらい』という風に報道したんです」

 「実際はどうだったんだ?」

 「・・・」

 

 

 

 「これは・・・褒めてるのか?」

 「褒めてるんじゃないですか?」

 「そういう困ったチャンでも政府は助ける義務があるんだと読めるけどね」

 「自衛隊を撤退してもらっては困るので遠回しに戒めているようにも見えますが・・・」

 「まさか『てめえらのおかげで自衛隊撤退したらどうするんだバカ』とは言えないわよね」

 「まあ、これは捏造ではないんじゃないか?」

 「問題は『イラクに自衛隊を派遣したことも誇りに思うべきです。』以下自衛隊に関わる部分を報道しなかったんです」

 「人質の要求が自衛隊撤退だったからね。そんなこと報道したら都合が悪いからでしょ」

 「はぁ・・・」

 「マスメディアはすべてを報道する義務はないとはいえなぁ・・・」

 「だいたいこれがどうして『パウエル国務長官でさえ人質バッシングにあきれ返った』と脳内変換されるのかしらね」

 「お花畑だから

 「新聞の安易な情報に流されているんじゃないですか?」

 「メディアリテラシー云々言ってる人の発言とは思えんな」

 「もうこの辺で良いわ。十分バカだとわかったし」

 「おいおい・・・」

 「だって、厨二病かと思うほどの横文字の多さ」

 「まあたしかに多いわな」

 「シャドーボクシングか藁人形論法かと思わせる斜め上脳内変換」

 「シャドーボクシング?藁人形論法?」

 「「実際には存在しない、過剰にデフォルメ化された理論の持ち主」を立て、それを否定する形で自らの「理論」の正しさを打ち立てる手法のことですよ」

 「はあ・・・」

 「例えば『ネット右翼が増加したのは9・11が原因だ』とか言い出したり、マスメディアに対する批判がいつの間にかネットに対する批判にすり替わっていたりとかそういうことです」

 「こんな本を買ってる人の気が知れないわ」

 「ネタになればよかった反省はしない

 「ということでこれは『いらないもの』の箱に入れて置いてそのうち売るから」

 「結局、売るのかよ」

 「そうよー次のフリーマーケットはいつかしら?それともネットで売った方が高いかしらねーみくるちゃんお茶ー」

 「あ、はーい」

 「・・・」

 「ふー」

 「興味を失ったようですね」

 「どうだかな?ある日突然『続きを読ませろ』とか言い出さないだろうな」

 「さて、それは神のみぞ知るところでしょう」

 「やれやれ・・・」

 

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