☆ムラサキちゃんのゲーム歴史☆
【スーパー携帯ゲーム機大戦その2】
ネタをネタと見抜けぬ方はお帰り下さい。このページの内容に関して謝罪や賠償を要求されてもいっさい応じません。
そんなことをしたらネタにするのでよろしく(笑)


 「・・・」

 「毎度お馴染みスパロボ風前回のあらすじです」

 「いつからお馴染みになったのやら」

 「さて今回は第2次携帯ゲーム機大戦ですね」

 「はい、前回ゲームボーイカラーが発売されたところまでお話ししましたが」

 「2匹目のドジョウを狙って他のメーカーから携帯ゲーム機が発売されるって話だったわよね」

 「はい、まず先陣を切ったのはネオジオポケットです」

 「なにそれ?」

 「今の若い人は知らない人が多いのではないでしょうか?」

 「でもネオジオって言うのは聞いたことがあるわね・・・」

 「そうですね。ネオジオの方が有名かもしれませんね」

 「ネオジオ?」

 「ネオジオは

 など格闘ゲームの大手SNKが出したゲーム機です。

 ちょうどスーパーファミコンと同時期に出してます」

 「100メガショック!!

 「と強烈なキャッチコピーのCMが流れていたので覚えている方もいるかもしれませんね」

 

 

 「ぜんぜん知らないわ」

 「家庭でもゲームセンターなみのクオリティが出せる・・・

 と言うことで話題になりました。

 しかし、本体が58000円。ソフトが3万円前後・・・」

 「たけーーーーー

 「ということでマニアにしか普及しませんでした。

 SNKも家庭用の普及を狙ってCD−ROM版を読み込めるネオジオCDを発売します。

 しかしキャラクターを選択するだけでデータの読み込みに1分近くかかるという恐ろしい本体で全く普及しませんでした」

 「遊ぶってレベルじゃねぇーよ

 「よくそんなゲーム機発売する気になったわね」

 「その後読み込み時間が半分になったNEO GEO CDZというのを発売しますが1分が30秒になったところで・・・」

 「たかが知れてるわね」

 「結局高くてもROM版のネオジオの方が普及する結果になりました」

 「なにやってるんだか」

 「ネオジオは第2次TVゲーム機大戦の影で消えていった数あるハードのうちではそこそこ普及したゲーム機ですので名前くらいは知ってる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 そんなSNKが任天堂に携帯ゲーム機の覇権をかけて挑んだのがネオジオポケットです」

 

 

 「ゲームボーイカラーの発売1週間後の1998年10月28日発売。価格は7800円。

 CMのキャッチフレーズが

 『I'm not boy. 誰だってBOYを捨てるときがくる』

 ということでゲームボーイに対抗する気まんまんだったのですが・・・」

 「ゲームボーイカラー発売後じゃ厳しいんじゃない?」

 「そうですね。ゲームボーイカラーに比べてモノクロで値段も高かったネオジオポケットはいきなり苦戦します」

 「モノクロだったの?そりゃダメダメでしょ」

 「なのでSNKはわずか半年でネオジオポケットカラーを発売します。

 しかも価格は6800円」

 「はぃ?最初からカラーで出しなさいよ」

 「さらに半年でSNKは小型・低価格化したNEWネオジオポケットカラーを発売します」

 「だからそっちを出せと!!

 「と度重なるモデルチェンジに非難されることになります」

 「なにやってるんだか・・・」

 「I'm not boy.の名の通り、脱衣麻雀やパチンコ・パチスロのシミュレーターなどの大人向けソフトが発売されましたが普及するというレベルにまでは行きませんでした」

 「普及するってレベルじゃねぇーよ

 「それ好きねぇ・・・」

 「そうこうしているうちに2001年10月30日SNKが倒産します」

 「倒産したの?」

 「父さんの会社が・・・」

 「わかったわかった・・・」

 「SNKの倒産はネオジオポケットの失敗が原因のひとつと言われています。

 まあ、一番の原因は主力だった格闘ゲームのブームが下火になっていたことでしょうが・・・

 結局ネオジオポケットはゲームボーイに対抗すら出来ずに撤退することになります」

 「話を聞く限り売れる気がしないわ」

 「ネオジオポケットがそんなドタバタをやっているうちにワンダースワンが発売になりました」

 

 

 「1999年3月4日バンダイより発売。価格は4800円と低価格。

 最大の特徴は縦にも横にしても使えることですね。

 モノクロでしたが単3電池1本で30時間という脅威の稼働時間を誇りました」

 「ワンダースワン?聞いたことすらないわ」

 「ゲームボーイに唯一対抗できたハードなのですが知ってる人は少ないかもしれませんね・・・」

 「ワンダースワンね・・・」

 「驚き白鳥か?」

 「直訳するとそういう意味になるらしいですね。

 このワンダースワンの開発には前回お話ししたあの横井軍平氏が大きく関わりました」

 「あれ?横井軍平って任天堂の中の人じゃなかったの?」

 「横井軍平氏は任天堂を退社し自分のやりたい商品開発を目指し別会社を設立。

 そうしてバンダイと協力して作ったのがワンダースワンです。

 しかし横井軍平氏は独立後1年で交通事故に巻き込まれて亡くなられてしまいました」

 「え?死んじゃったの?」

 「残念ながら・・・」

 「惜しい人を亡くしたわね・・・」

 「しかし、彼の残した功績は大きかったのです。

 ワンダースワンはこれまた横井軍平氏が監修したパズルゲーム『グンペイ』とともにヒットすることになります」

 

 

 「”グンペイ”はその名前の通り横井軍平氏の名前を取っています。

 その単純なルールと中毒性はGBを牽引したテトリスと同じようにワンダースワンを牽引することとなりました。

 しかし、ワンダースワンもカラー化の流れには逆らえず、わずか1年でカラー版のワンダースワンを出すことになります」

 「わずか1年って・・・そりゃまずいんじゃないの?」

 「最初からカラー版出せば良かったのに・・・」

 「そうですね。価格はゲームボーイカラーと同じ6800円。のちに4800円と改訂されますが・・・

 そうそうハードをリニューアルされてはユーザーはたまりません。

 バンダイはカラー版を出すより良質なソフトを配給する道を選ぶべきだったと思います」

 「カラー版のソフトって当然古いワンダースワンだと遊べないんでしょ?」

 「そうです。上位互換はあるとはいえ、新たに発売されるソフトは当然カラー版になりました・・・

 カラー専用ソフトは旧ワンダースワンでは遊べないため、せっかくグンペイが牽引して増やしたユーザーを切ることになってしまいました」

 「ネオジオポケットとやらと似たようなことを・・・」

 「その後、ファイナルファンタジーの移植やスーパーロボット大戦の新作が発売され、ある程度販売数を伸ばしたもののその後は失速。

 2002年に液晶がより綺麗になったスワンクリスタルを発売しますが程なく完全受注生産に切り替え、バンダイはゲームハードから撤退することとなりました。

 しかし、ワンダースワンとワンダースワンカラー合わせて約300万台

 スワンクリスタルだけでも20万台はなかなか立派な数字ですね」

 「そなの?」

 「売れてると言われたサターンやプレステが1年で売った台数と匹敵します」

 「そう聞くとかなり少ない数字に聞こえるけど・・・」

 「ドリームキャストの国内販売台数が225万ですよ」

 「そう聞くと多い数字に聞こえるわね」

 「携帯ゲーム市場はTVゲーム機に比べると小さな市場でしたからかなり頑張った数字だと思いますよ」

 「携帯ゲーム市場はゲームボーイの独占だったしね」

 「ワンダースワンの発売されたタイミングもちょっと悪かったんです・・・

 ちょうどこの年の年末商戦に延期に延期を重ねていたポケットモンスター金銀を発売しました」

 

 

 「初代ポケットモンスター発売から3年。

 延期すること2年。

 1999年11月21日にようやく発売されました」

 「2年も延期してたの?」

 「はい。一時期は発売中止の噂さえ流れました。

 ストーリーは前作の3年後の物語という設定。

 リアルタイムで遊んだ人にとっては本当に3年後。

 待ち続けてきた人にとってはとても感慨深いものだったそうです」

 「私は3年も待ったのだ!!

 「待っただけあって新要素が満載で、前作とのポケモンの交換が可能だったり。

 オスやメスの性別が加わって「育て屋」に預けると「タマゴ」が手に入ったりなどなど。

 ユーザーを満足させるだけの出来に仕上がっていました。

 その甲斐あって『金』約353万本『銀』約364万本、その後発売された『クリスタル』と合わせると1000万本という大ヒットを記録しました。

 ゲームボーイカラーは順調に販売数を伸ばしゲームボーイシリーズは2002年にとうとう世界累計1億台を突破することとなりました」

 「1億台?そんなに売れてたの?」

 「そりゃ宗介が知ってるワケよね・・・」

 「ふむ・・・」

 「ゲームボーイは電源が世界規格である乾電池を使っていたこと。

 またどんな状況下でも動くタフなハードだったこともあって、

 発展途上国の一般家庭にまで広く普及している希有なハードになりました」

 「そういえばゲームボーイの試作機を床に投げて動作チェックしたって話しを聞いたことがあるわね」

 「ファミコンの時も似たようなことしてなかった?」

 「空爆されても動いたという話を聞いたことがあるぞ」

 「え?」

 「それはさすがにないでしょ?」

 「さて、本当かどうかはわかりませんが、

 『空爆で倒壊した家屋から発見されたゲームボーイが、外装がひどく焼けていたにもかかわらず問題なく動作した』

 というエピソードがあるのは本当ですよ」

 

 

 「他にも

 『海外サイトの検証でショットガンで撃ったゲームボーイが動作した』

 とかいろんな逸話がありますね」

 「なんちゅう耐久力してるのよ・・・」

 「この多少のことではビクともしない耐久力も携帯ゲーム機として優位にはたらいたようです」

 「多少ってレベルじゃないわね」

 「ゲームボーイカラーが発売され、ポケットモンスターの人気で携帯ゲーム市場に活気が戻ってきました。

 そして、その流れを加速させたのが・・・」

 

 

 「2001年3月21日発売ゲームボーイアドバンスです。

 価格は8,800円。単3アルカリ乾電池2本で約15時間稼働します。

 この後上位機種としてゲームボーイアドバンスSP、

 さらに小型化バックライトがついたゲームボーイミクロが発売されました」

 

 

 

 「ああ、これはさすがに知ってるわ」

 「ゲームボーイ、ゲームボーイカラーのソフトも遊べたのよね」

 「はい。ほぼ完全に上位互換を実現。

   またハードの能力も向上し携帯ゲーム機ながらスーパーファミコン以上の能力があります。

 そのためスーパーファミコンソフトのリメイクや移植が活発に行われ、タイトル数を伸ばすこととなりました」

 

 

 「2002年にはポケットモンスターの新作ルビー&サファイアが発売。

 この年には200に上るタイトルが発売されることとなります。

 さらに2004年にはポケットモンスター赤・緑をリメイク版も発売されました」

 

 

 

 「この攻勢で携帯ゲーム市場はTVゲーム機市場に迫る市場になります」

 「任天堂はポケモン様々ね」

 「さてゲームボーイアドバンスが発売された2002年。

 任天堂にちょっとした事件がありました。

 いままで任天堂を引っ張ってきた山内社長が引退

 HAL研究所から呼び寄せていた取締役の岩田氏が社長として就任します」

 「HAL研究所?」

 「任天堂のゲームソフトの開発や、任天堂ゲーム機の開発ツールの制作・販売などを行っているところです。

 星のカービィや大乱闘スマッシュブラザーズが有名ですね」

 

 

 「ここまで任天堂を引っ張ってきた山内社長の引退は大きな反響を呼び株価も急落しました」

 「へーかなり評価されてたってことね」

 「何度も優良企業ランキング一位に選ばれたのは伊達ではなかったようです。

 任天堂にとって幸運だったのは次期社長に任命された岩田氏が経営者として優秀だったことでしょうか?

 彼はゲーム市場の拡大を目指してさまざまな戦略を打ち出しますが、

 そのうちのひとつに『枯れた技術の水平思考を再び応用する』と言うのがありました」

 「なにそれ」

 「『枯れた技術の水平思考』と言うのは、

 すでに広く使用されてメリット・デメリットが明らかになっている技術を他の使い道へと変える

 という考え方です。

 この考えを提言した人が先ほども出てきたワンダースワンの生みの親でもある横井軍平氏です」

 「ゲームウォッチの生みの親でもあるわよね」

 「そのゲーム・ウォッチもその当時シャープやカシオが電卓のシェアを巡って争っていたため

 小型の液晶画面と半導体の生産設備が過剰になっていたそうです。

 その技術を遊びに転用することでゲーム・ウォッチが生まれました。

 この考えが後に発売されるニンテンドウDSに使われることとなります」

 「タッチペンとかそうね」

 「そうですね。タッチパネルをゲームに転用したことはまさに枯れた技術の水平思考ではないでしょうか?

 それではニンテンドウDSとプレーステーションポータブルの戦いをお話ししたいと思いますが・・・

 長くなりましたのでこの辺でいったん終了です」

 「次回は第5次スーパー携帯ゲーム機大戦!!」

 「違う!

 「次回は第3次スーパー携帯ゲーム機大戦をお話しします。お楽しみに」

 

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