☆ムラサキ先生のゲーム歴史講義☆
【スーパーTVゲーム機大戦その1】
ネタをネタと見抜けぬ方はお帰り下さい。このページの内容に関して謝罪や賠償を要求されてもいっさい応じません。
そんなことをしたらネタにするのでよろしく(笑)


 「こんにちは、露草つゆくさ紫です」

 「今回はゲームの歴史について話したいと思います」

 「ゲームの歴史?そんなん面白いの?」

 「さて?面白いかどうかはわりませんが、ゲームで遊ぶ人こそゲームの歴史と言うのは知っておいてべきではないでしょうか?」

 「そう?ゲームなんて面白ければいいと思うけど?」

 「それを言っては元もこうもありません」

 「ゲームの歴史ねー」

 「あら?カナメも呼ばれたの?カナメはゲームやるの?」

 「そりゃ人並みにはね」

 「・・・」

 「あら?宗介もいらっしゃい・・・って宗介ってゲームやるの?」

 「なんでもテトリスは得意だとか」

 「うむ、任務がないときなどはよくテトリスで遊んだものだ」

 「ふーんテトリスって何?」

 「パズルゲームですよ。

 上から落ちてきたブロックを並べていくゲームで、

 単純なルールながら全世界で大ヒットしました」

 「あれ?ルクスさんってあんまりゲームとか知らない?」

 「あんまり〜でもスーパーファミコンとプレイステーションの違いくらいはわかるわよ」

 「セガサターンとかは?」

 「そのくらいはさすがに知ってるわ」

 「む・・・土星?」

 「ウェーハッハッハ〜ゲームの起源は韓国ですよ

 「出たわね・・・」

 「もうすっかりお約束になってるわね」

 「残念ながら某国の出番はないと思いますよ」

 「なんだってーーー

 「そうですね・・・このコンテンツの人気が出たら某国のパクりゲーム事情なども話したいと思います」

 「アイゴー!!そんなの無理ニダ。謝罪と賠償を・・・

 「ほっときなさい」

 「はい、それでは家庭用TVゲーム機の歴史について話して行きたいと思います」

 「家庭用ゲーム機といえばファミコンかしら?」

 「む・・・ファミコンとは?」

 「ファミリーコンピュータ。通称ファミコンよ。

 任天堂が出した家庭用TVゲーム機で全世界でヒットしたわ」

 「家庭用ゲーム機といえばファミコンが有名ですが、

 世界初のTVゲーム機は1972年アメリカで出来ました

 「USA・USA・USAうさ・うさ・うさ

 「ほーアメリカか」

 「1972年といえばどんなことがあった年だっけ?」

 「日本では田中角栄さんが総理大臣になって日中国交正常化した年ですね。

 高度経済成長の終わり際なので、日本の生活もかなりよくなってる頃ではないでしょうか?」

 「ベトナム戦争が終わったあたりだな・・・」

 「なんでそんな覚え方してるのよ・・・」

 「そんなとき世界初の家庭用TVゲーム機がマグナボックス社から発売されました。

 それがオデッセイ(Odyssey)です」

 「知らないわね」

 「私も・・・」

 「知らないのも無理はないでしょう。

 日本での発売はありませんし、画期的な商品ではあったようですが

 それほど売れたわけではないようです」

 「いくら?」

 「100$だったそうです。現在の金額で6万円くらいでしょうか?」

 「たか!

 「一応、ソフトの交換が出来たようですが・・・」

 「それって当たり前じゃないの?」

 「昔のハードではソフトなどは無く1台のハードで1〜5個ゲームが内蔵されてるのが普通だったんです」

 「へーそれじゃあホントに画期的だったんだ」

 「ですがこのハードのソフトとは名ばかりで単なる切り替え装置だったようです」

 「ん?どういうこと?」

 「内蔵されてるソフトを遊ぶためにカードを変えるだけ・・・」

 「はぁ?

 「つまりソフトはハードの中に入ってるけど、遊ぶためにはカードを買えということ?」

 「そういうことですね」

 「詐欺じゃん!

 「なにぶん当時の機械ですから・・・。

 背景なんかも表示できないのでオーバーレイと呼ばれる透明な板をテレビに張り付けて遊ぶそうです」

 「売れないのもわかる気がするわね」

 「しかし、この後に発売されたゲーム機が大ヒットします」

 「なに?」

 「アタリ社から発売されたPONG(ポン) です」

 「ポンと言えば”笑ってポン”ですね」

 「はぁ?なにそれ?」

 「ビートたけしがやっていたバラエティ番組ですよ。

 低視聴率であっという間に打ちきりになったという伝説の番組です」

 「知るか!

 「うーん・・・アタリと言うのは聞いたことあるわね」

 「ちなみにアタリと言うのは囲碁好きだった社長さんが囲碁用語から社名としてを取ったというのは有名なエピソードですね」

 「ほう、そうなのか」

 (ゆ、有名?)

 (さあ?私も初めて知ったけど)

 「PONG(ポン) というゲームはパドルで玉をはじいて相手側に入れる

 というシンプルなゲームですが、アーケードで大ヒットしました」

 「アーケード?」

 「業務用ゲーム機のことよ。ほらゲームセンターとかアミューズメントスポットとかに置いてるゲームのこと」

 「ポンはアーケードでヒットし、その後家庭用TVゲーム機として発売されました」

 

それは「ポン」から始まった-アーケードTVゲームの成り立ち
 

 「ってなんで本なのよ」

 「す、すいません。いい画像がなかったものですから・・・」

 「エアホッケー?」

 「そうですね。そう言った方がわかりやすいかもしれません。

 先ほど説明したオデッセイの中にも内容が酷似したゲームが入ってました・・・」

 「パクりキタ━━(゚∀゚)━━ !!!!!

 「あらら、それは大丈夫なの?」

 「大丈夫じゃなかったみたいですね。

 ポンはオデッセイが発売された同じ年にアーケードで発売してますが・・・」

 「同じ年ならパクりじゃないんじゃ?」

 「いえ、オデッセイは発売の前年からプライベートショーを行って業界関係者に見てもらっていたのです」

 「それを見ていたと?」

 「ポンの制作者が見ていたことを裁判で証明されて、アタリ側が和解金を払うことで決着したそうです」

 「ホント、アメリカ人は裁判が好きですね」

 「皮肉なことにポンの元になったゲームということがきっかけでオデッセイで多少売り上げが伸びたとか」

 「む・・・オデッセイとやらにヒットしたゲームの入っているのなら、そっちがヒットしてもいいのではないか?」

 「あら?そうよね・・・なんでかしら?」

 「単純な話です。アタリ社のポンの方が面白かったというだけです」

 「同じゲームなのに?」

 「同じと言っても全く同じではないです。

 ボールをパネルで弾くというコンセプトは同じですが

 ポンの方は、ボールの速度や跳ね返りの角度が変わったそうです。

 オデッセイの方は点数表示すらなかったそうですから」

 「それはオデッセイがだめだめなのでは?」

 「まあ、パクったうえに廉価コピーしか作れないどっかの国とは違うわね」

 「まったくどこの国ですか?」

 「このポンを模倣したゲームは多数発売されました。

 日本初の家庭用TVゲームと言われているテレビテニスもポンを模倣したゲームです」

 

 

 「日本はパクり大国ですね。ホルホルホル」

 「あなたにだけは言われたくないわ」

 「アタリ社はこのヒットをきっかけに続いてSUPER PONG

 そしてアタリ2600を発売します」

 

 

 「このアタリ2600が有名なアタリショックのきっかけとなるゲーム機です」

 「ああ、それで聞いたことあったのかしら」

 「アタリショックね・・・」

 「アメリカだとVideo game crash of 1983と言うそうですね。

 1982年のアメリカ年末商戦で発生した家庭用ゲーム機の史上空前の売上不振のことをいいます」

 「ほう、なんでまたそんなことが起こったのだ?」

 「わかりやすくとクソゲーが出回りすぎて売れなくなったということです」

 「そりゃまたぶっちゃけた説明ね」

 「つまりアタリショックで食あたりショックアタリに・・・

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「なるほど、食あたりになったのかそれは危険だな」

 「真に受けるな!

 「さ、さて、アタリ2600は1977年に発売されたカートリッジ交換式家庭用ゲーム機で、いわゆるファミコン型のゲーム機でした」

 「へーアタリショックが1983年だとすると7年も君臨していたの?」

 「そういうわけではないようです。

 アタリ2600も発売当初はあまり売れなかったようです。

 日本でもアーケードでヒットしたインベーダーゲームやパックマンなどを移植したことにより一気にヒットに繋がったそうです」

 「それがなんでまた急に売れなくなったのかしらね」

 「市場がユーザー側の空気読めなかったということでしょうか?」

 「空気ヨメ」

 

 

 「はいはい」

 「どういう意味だ・・・」

 「気にするな!

 「えーっと・・・アタリ社はプログラム仕様を広く公開していたんです。

 それにより、基本的に誰でも自由にアタリ社に関係無く、アタリ2600のソフトを開発&販売することができたんです」

 「オープンソース?それはすごいわね」

 「同人天国キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

 「まさにそんな状態でしょうか?

 ソフトメーカーは好き勝手作れるので一気にソフトが増えました。

 本体も当然出荷台数を延ばして行ったわけです」

 「それでクソゲー乱発したのね」

 「はい、一気にソフトを増えたまではよかったのですが、

 ゲーム市場の拡大に伴いゲームを出せば売れる勘違いしたメーカーが増加。

 ユーザーは遊ぶまでそのゲームが本当に面白いかどうかわからなくなってしまいました」

 「まあ・・・買う気にはならないわね」

 「特に面白いかどうかわからない新作ソフトは見向きされなくなっていきます」

 「売れない新作はワゴンセール行きだ

 「叩き売りするしかなくなるわけか」

 「迎えた1982年のクリスマス商戦。まだまだ行けるとふんだ流通&販売側は強気の在庫確保に走りました。結果・・・」

 「(´・ω・`)ショボーン

 「売れなかったんだ」

 「大失敗に終わりました。明けて1983年に入ると在庫を抱えた小売店が倒産。

 その余波はソフトメーカーにも来ました。『TVゲームもうだめっぽ(;つД`) 』の雰囲気が市場を包み、その結果はゲーム業界の株価にも影響を及ぼしました。

 結局そのままゲーム市場が縮小していった・・・というのが一般的に言われるアタリショックですね」

 「一般的?」

 「ゲーム市場はその当時安価に販売されるようになったパソコンにユーザーが移ったんじゃないか?とも言われてます」

 「ふーん・・・まあアメリカでTVゲーム機が売れなくなったっということね」

 「そうですね。そんなことがアメリカで起こっている頃、日本で歴史に残るTVゲーム機が発売されました」

 「それがファミコンね」

 「そうです。ファミリーコンピュータです」

 

 

 「1983年に発売されたファミコンは、2003年に任天堂での生産を終了しましたが、いまだにファミコンが遊べるハードが他社から発売されていることを考えると、まさに歴史に残るゲーム機となったわけです」

 「なんか怪しいのがいろいろあるわね」

 「任天堂が持っていた特許が消滅しているそうで、販売しても問題ないようです」

 「あら?そうなんだーでも今更ファミコンだしてもねー」

 「意外と売れてるらしいわよ」

 「そうなの?不思議なものね」

 「古いゲームをやりたいという人は意外といるみたいね」

 「ファミコンが発売されたこの年には

 アルカディア(バンダイ)
 光速船(バンダイ)
 アタリ2800(アタリ)
 ぴゅう太Jr.(トミー)
 PV-1000(カシオ)
 カセットビジョンJr.(エポック)

 そしてセガ初の家庭用ゲーム機SG-1000などなど各社が一斉にハードを発売した年でした」

 「セーーーーガーーーーー

 「同じ年にセガのハードが発売されているのね・・・なんか運命めいてるわね」

 「セガは昔から空気読めてなかったのね」

 「空気ヨメ」

 

      _
      /,.ァ、\
     ( ノo o ) )  空
      )ヽ ◎/(.    気
    (/.(・)(・)\ . 嫁
    (/| x |\) 
      //\\  
   . (/   \)  
 

 「それはもういいわよ・・・」

 「とにかくファミコンの勢いはすごく、発売から半年で47万台、翌年には165万台を販売したそうです」

 「これだけたくさんのハードが発売されたのに、なんでまたファミコンだったのかしらね?」

 「それは日帝の陰謀ニダ」

 「いやいや日本での話をしてるから」

 「安かったからじゃない?」

 「たしかに、当時5万円台が普通だったゲーム機市場に14800円は安かったですが、

 この年発売のハードの値段は19800円のものが多いです。

 またセガのSG−1000は15000円、

 カシオのPV-1000は14800円、

 エポック社のカセットビジョンJr.にいたっては5000円でした」

 「5000円は安すぎない?」

 「以前に発売していたものの廉価版ですね。

 ファミコンが発売されるまではゲーム機と言えばカセットビジョンでした」

  「ああ、廉価版だから安いのね」

 「ソフトもSG−1000のソフトは3800円〜4300円

 ファミコンのソフトは4500円と必ずしも値段が安いから売れたというわけではないようですね」

 「値段の差が売り上げの決定的な差でないことを教えてやろう!

 「じゃあ何で、ファミコンが一番売れることになるのかしら」

 「やはりソフトがよかったからでしょうね。

 同時発売されたのは

 『ドンキーコング』
 『ドンキーコングJr』
 『ポパイ』

 そして『マリオブラザーズ』と当時アーケードで人気のあったゲームを移植しました」

 「たしかになんか聞いたことがあるようなソフトばっかりね」

 「翌年にはサードパーティとしてアーケードゲームの大手ナムコと

 パソコンゲームの大手ハドソンにライセンスを配給すると、

 ナムコの「ゼビウス」が150万本、

 ハドソンの「ロードランナー」が140万本と大ヒットして

 ファミコンの勢いは加速します」

 「む・・・サードパーティ?」

 「ハードメーカー以外のソフトメーカーのことです。

 任天堂ではアタリの失敗を教訓に任天堂とライセンス契約を結ばないと販売できないことにしたのです」

 「ウリの許可無しに販売することを禁止するニダ

 「まあそういうことです」

 「それってなんて独占禁止法?」

 「その独禁法ぎりぎりと言えるこの方法は優秀だったようで、この後どのハードメーカーも導入していきます」

 「優秀って?」

 「クソゲー乱発を防いで市場をコントロールするためです。

 信用したソフトメーカーしか出させないので良質のソフトを配給できるんです・・・

 と言うのは建前で、ハードメーカーが大もうけするシステムなんですけどね」

 「ん?どういうこと?」

 「ライセンス契約の一つに、『ソフト生産は任天堂に委託し、その際、前金で製造費を支払うこと』と言うのがあります。今まで・・・」

 

 

 「の流れを・・・」

 

 

 「っと必ず任天堂が作る流れにしたんです。

 ですからもしソフトが売れなくても任天堂は必ず儲かる仕組みになってるわけです」

 「こりゃまた美味しいシステムね」

 「この状況を見たセガがなんとか市場に食い込めないかと。1985年に新ハードを発売します。

 それがセガ・マークIIIです」

 

 

 「マニアの間では未だに名機と言われるハードで、前ハードにあたるSGシリーズのソフトも遊べるという上位互換を実現した機種でした」

 「上位互換って珍しいんじゃない?」

 「そうですね。今でこそ当然のようになってますが、この頃のSEGAハードは上位互換を装備してました」

 「時代の先を行くセガね」

 「時代の先を行き、そして失敗するそれがSEGAクオリティ

 「なんのこっちゃ」

 「セガの運の悪いことにマーク3を発売したこの年・・・ファミコンで今後語り継がれる名作ゲームが発売されます

 「マリオ?」

 「そうです。スーパーマリオブラザーズです」

 

ファミコンミニ スーパーマリオブラザーズ(スーパーマリオブラザーズ20周年記念再販)
 

 「ほほーこれがマリオか」

 「ファミコンの性能をフルに発揮したこのゲームは日本全国・・・いえ全世界のゲームファンに楽しまれることとなりました。

 この結果ファミコン人気を加速させ、第1次ゲーム機大戦はあっさり任天堂勝利に終わりました

 「この髭のおっさんがね〜」

 「これで調子に乗った任天堂は翌年ディスクシステムを発売しました」

 「・・・」

 

 

 「調子に乗ってるわね」

 

 

 「フロッピーディスク状で大容量。カセットより安くてセーブも出来る。

 しかも500円でゲームの書き換えが出来るので、当時増え始めていた中古ゲームへのけん制にもなっている・・・

 といいことずくめでしたが」

 「アイゴー!!失敗したニダ!!

 「失敗だったの?」

 「そうですね・・・

 『スーパーマリオブラザーズ2』
 『ゼルダの伝説』
 『メトロイド』

 などの人気ソフトが発売されこの年に224万台の大ヒット!

 っと思いきや次の年からは一気に販売台数が落ち込みます」

 「なんでまた?」

 「原因はいろいろありました。

 ディスクの読み込みが遅かったこと。

 半導体技術の発達でROMが安くなったためディスクシステムを使わなくてもよくなったこと。

 そしてディスクシステムのライセンスが厳しくてサードパーティからソフトが発売されなかったことなどなどです」

 「書き換えなんてめんどくさいのです。エロい人にはそれがわからないのです」

 「それもあったかもしれないわね」

 「そして任天堂がディスクシステムを発売した翌年の1987年に、ファミコンの牙城を脅かす次世代ハードが発売されました」

 「なに?」

 「NECから発売されたPCエンジンです」

 

 

 「薄いカード状のソフトよね?中古ゲーム屋さんにいけばまだ置いてるところがあるわね」

 「そうなの?聞いたことないわね・・・」

 「脅かしただけですから残念!!

 「8ビットながら16ビットの性能を発揮。

 コアシステムという独自の拡張システムを追加することによりCDの読み込みも可能。

 開発にはハドソンが全面協力。

 ナムコなどのサードパーティが参入しましたが・・・

 残念ながら脅かしただけでしたね」

 「むう・・・8ビット、16ビットとはなんのことだ?」

 「ぶっちゃけると、頭がいいか悪いからです」

 「そりゃまたぶっちゃけた説明ね」

 「これ以上難しいことを説明しても興味がないでしょうし、この程度の説明で十分かと」

 「まあいいけどさ」

 「このPCエンジンが発売をきっかけに16ビット機の主権が始まります

 「第2次スーパーロボット大戦TVゲーム機大戦の始まりですね」

 「任天堂一強、PCエンジンの参入、この状況に待ったをかけるべく、対抗勢力が新機種を投入します」

 「プレイステーション?」

 「それは、まだちょっと早いですね」

 「どこかしら?」

 「セガとやらじゃないのか?」

 「あ、セガか」

 「そうです。PCエンジンが発売された翌年にはSEGAが時代を先行した16ビットマシンを発売します」

 

 

 「メガドライブです」

 「なにこれ

 「ひど!!

 「聞いたことがあるけど・・・」

 「若い人はそういう認識なのかもしれません・・・

 8ビットが主力の時代に16ビット機。

 ファミコンでは表現できないキレイなグラフィック。

 別売アダプタを装備することで上位互換を実現・・・

 とまさに次世代機にふさわしいものでしたが、残念ながらメガドライブも次世代機になりませんでした」

 「海外では売れてるんです!!

 日本人にはセガの良さがわからないのです!!

 「そなの?」

 「一般的には海外では成功と言われてますが、実際はトントンだったらしいですね。最後にデットストックが山のように・・・」

 「うわ・・・」

 「しかし、メガドライブは海外でシェアを確保するハードとなったのは間違いありません。

 アメリカではソニック・ザ・ヘッジホッグが大ヒットしました」

 「へーあの高速ハリネズミがね」

 

ソニック・ザ・ヘッジホッグ MD 【メガドライブ】

 

 「日本では任天堂に大きく差を付けられたセガですが、メガドライブがアメリカで売れたことで、セガはハード争いに残ることになります」

 「ふーん、日本ではなんで売れなかったのかしらね」

 「この頃日本ではアクションゲームより、ロールプレイングゲームやシミュレーションゲームといった思考型のゲームを好むようになっていたんです」

 「ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとかね」

 「そうです。PCエンジンが発売された4ヶ月後・・・

 社会現象を巻き起こした『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』が発売されました」

 

 

 「ああ、なんか学校休んで買いに行くとか、恐喝されて奪われるとか事件とかが起きたわね」

 「なにもそこまでしなくても・・・」

 「ふっ退路の確保を怠るからだ」

 「平和な日本で退路を気にしているのはあなたくらいよ」

 「とにかく買えなかったんです。

 当時のゲームソフトは内蔵している半導体の調達数によって生産数が制限されそうで、

 十分に在庫を確保できなかったのが原因ですね」

 「今じゃ考えられないわね」

 「恐喝して奪ったソフトで遊んで喜んでるとは、

 日本人はやっぱりアホですねホルホルホル

 「パクった劣化コピーを売ってる国はいいの?」

 「まあまあ、それはまた後日ということで・・・」

 「そうしてください。

 続いて翌年、メガドライブが発売された時には、これまた今後長く続編が作られることとなる

 ファイナルファンタジー2が発売されます

 

 

 「なんでファイナルなのに続編が出るのかしらねー」

 「ファイナル=究極という意味があるからという話しを聞いたことがあるわよ」

 「どうやらファイナルファンタジーの発売元スクウェアは、

 これが売れなければ会社を畳むつもりだったらしいです。

 まさに”最後の夢ファイナルファンタジー”をかけたソフトだったわけですね」

 「まさかこんなに長くシリーズが作られるとは思わなかったでしょうね」

 「PCエンジンが発売し次世代機争いが始まった1987年以降、ファミコンにはなんらかのヒットソフトの続編が発売されている状況でした。

 ディスクシステムの失敗で次世代機争いに一歩遅れていた任天堂ですが圧倒的なソフト量で他社のハードを圧倒します。

 またPCエンジンが発売になった頃から『スーパーファミコンがもうすぐ発売する』と発表してプレッシャーをかけました」

 「プレッシャーって・・・」

 「情報戦と言えばいいんでしょうか?実際には延期、延期を重ねて・・・」

 「出すぞー!!出すぞーー!!

 「それなんて出す出す詐欺?」

 「必要あったのかしら?」

 「情報戦は必要だぞ」

 「さて?効果はあったんでしょうか?

 まあ、これで他社をけん制してサードパーティが他のハードに流れるのを防いだと言われてます。

 結局スーパーファミコンは1990年にようやく発売になりました

 

 

 「この灰色の弁当箱ことスーパーファミコンは、

 発売当初から『スーパーマリオワールド』『F−ZERO』が牽引、

 翌年『ファイナルファンタジー4』が発売され、

 さらに次の年には『ドラゴンクエスト5』が発売することになります」

 「それは勝負が決まったようなものじゃない?」

 「スーパーファミコンのソフトに対抗しようと、

 NECはPCエンジンのCD−ROMドライブとして拡張ユニットのCDロムロム

 CD−ROMドライブと一体型のPCエンジンDuoを発売を発売します

 SEGAもメガドライブ用のCD-ROM拡張ユニットのメガCDを発売。

 さらに廉価版メガドライブのメガドライブ2を発売します」

 「ほほ・・・ハードの性能で勝負した訳か」

 「結果はスーパーファミコンのソフトの前に完敗します」

 「そりゃそうよね。ハードだけでゲームはできないもの」

 「結局、第2次ゲーム機大戦16bitゲーム機争いでも、任天堂は圧勝する結果になりました

 「どう見ても任天堂の一人勝ちです。本当にありがとうございました」

 「しかしこの任天堂一人勝ち状態は弊害を生みます」

 「弊害?」

 「ライセンス料の高騰です。

 さらにゲームが大容量化して行くにつれてROMが大容量化されソフトの値段も上がりました。

 ソフト一本で1万円を越える始末・・・」

 「たか!!!

 「高いのか?」

 「今だって1万円を超えるソフトなんか滅多にないわよ」

 「多少高くても面白いソフトなら売れるのです。エロい人にはそれがわからないのです」

 「たしかにスーパーファミコンのソフトは高くても売れました。

 しかしこの価格高騰でユーザー側の負担が増えました。

 それに伴い生産するメーカー側のリスクも高くなったのです」

 「ん?どういうこと?」

 「値段が高ければ、ユーザーは買うソフトを選んでしまいます。

 2本欲しいと思っても1本にしてしまうでしょう?

 当然売れない可能性が高くなります。

 しかし作る値段も高いので抑えられない。しかし任天堂は・・・・」

 「任天堂はノーリスクで大もうけニダホルホルホル」

 「噂では1万円のソフトの4000円が任天堂に入ったとか・・・」

 「殿様商売止められないわね」

 「これが後々、任天堂がTVゲーム機争いで破れる原因になっていきます」

 「む・・・なにがあったんだ?」

 「っと言うところで長くなりましたので、この後は次回に説明したいと思います」

 「次回!第3次スーパーTVゲーム機大戦をみんなで見よう〜

 「それなんてスパロボ」

 

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