☆涼宮ハルヒの憂鬱をちょっと立ち読みしてみる☆


あんたら、読んだら買いなさいよ
涼宮ハルヒの憂鬱角川スニーカー文庫■涼宮ハルヒの憂鬱
プロローグ

 サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまでサンタなどという想像上の赤服じーさんを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。
 幼稚園のクリスマスイベントに現れたサンタは偽サンタだと理解していたし、記憶をたどると周囲にいた園児たちもあれが本物だと思っていないような目つきでサンタのコスプレをした園長先生を眺めていたように思う。
 そんなこんなでオフクロがサンタにキスをしているところを目撃したわけでもないのにクリスマスにしか仕事をしないジジイの存在を疑っていた賢しい俺なのだが、宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力者や悪の組織やそれらと戦うアニメ的特撮的マンガ的ヒーローたちがこの世に存在しないのだということに気が付いたのは相当後になってからだった。
 いや、本当は気が付いていたのだろう。ただ気が付きたくなかっただけなのだ。俺は心の底から宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力者や悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいたのだ。
 俺が朝目覚めて夜寝るまでのこのフツーな世界に比べて、アニメ的特撮的マンガ的物語の中に描かれる世界の、なんと魅力的なことだろう。
 俺もこんな世界に生まれたかった!
 宇宙人にさらわれてでっかい透明なエンドウ豆のサヤに入れられている少女を救い出したり、レーザー銃片手に歴史の改変を計る未来人を知恵と勇気で撃退したり、悪霊や妖怪を呪文一発で片づけたり、秘密組織の超能力者とサイキックバトルを繰り広げたり、つまりそんなことをしたかった!
 いや待て冷静になれ、仮に宇宙人や(以下略)が襲撃してきたとしても俺自身には何の特殊能力もなく太刀打ちできるはずがない。ってことで俺は考えたね。
 ある日突然謎の転校生が俺のクラスにやって来て、そいつが実は宇宙人とか未来人とかまあそんな感じで得体の知れない力なんかを持っていたりして、でもって悪い奴らなんかと戦っていたりして、俺もその戦いに巻き込まれたりすることになればいいじゃん。メインで戦うのはそいつ。俺はフォロー役。おお素晴らしい、頭いーな俺。
 か、あるいはこうだ。やっぱりある日突然俺は不思議な能力に目覚めるのだ。テレポーテーションとかサイコキネシスとかそんなんだ。実は他にも超能力を持っている人間はけっこういて、そういう連中ばかりが集められているような組織も当然あって、善玉の方の組織から仲間が迎えに来て俺もその一員となり世界征服を狙う悪い超能力者と戦うとかな。
 しかし現実ってのは意外と厳しい。
 実際のところ、俺がいたクラスに転校生が来たことなんて皆無だし、UFOだって見たことないし、幽霊や妖怪を探しに地元の心霊スポットに行ってもなんも出ないし、机の上の鉛筆を二時間も必死こいて凝視していても一ミクロンも動かないし、前の席の同級生の頭を授業中いっぱい睨んでいても思考を読めるはずもない。
 世界の物理法則がよく出来ていることに感心しつつ自嘲しつつ、いつしか俺はテレビのUFO特番や心霊特集をそう熱心に観なくなっていた。いるワケねー・・・・・・でもちょっとはいて欲しい、みたいな最大公約数的なことを考えるくらいにまで俺も成長したのさ。
 中学を卒業する頃には、俺はもうそんなガキな夢を見ることからも卒業して、この世の普通さにも慣れていた。一縷の期待をかけていた一九九九年に何が起こるわけでもなかったしな。二十一世紀になっても人類はまだ月から向こうに到達してねーし、俺が生きてる間にアルファケンタウリまで日帰りで往復できることもこのぶんじゃなさそうだ。
 そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく高校生になり−−−−−、
涼宮ハルヒと出会った。

第一章

 うすらぼんやりとしているうちに学区内の県立高校へと無難に進学した俺が最初に後悔したのはこの学校がえらい山の上にあることで、春だってのに大汗をかきながら延々と続く坂道を登りつつ手軽なハイキング気分をいやいや満喫している最中であった。これから三年間も毎日こんな山登りを朝っぱらからせにゃならんのかと思うと暗澹たる気分にもなるのだが、ひょっとしたらギリギリまで寝ていたおかげで自然と早足を強いられているのかもしれず、ならばあと十分でも早起きすればゆっくり歩けるわけだしそうキツイことでもないかと考えたりするものの、起きる間際の十分の睡眠がどれほど貴重かと思えば、そんなことは不可能で、つまり結局俺は朝の運動を継続しなければならないであろうと確信し暗澹たる気分が倍加した。
 そんなわけで、無駄に広い体育館で入学式がおこなわれている間、俺は新しい学び舎での希望と不安に満ちた学校生活に思いをはせている新入生特有の顔つきとは関係なく、ただ暗い顔をしていた。同じ中学から来ている奴がかなりの量にのぼっていたし、うち何人かはけっこう仲がよかった連中なので友人のあてに困ることはなかったが。
 男はブレザーなのに女はセーラー服ってのは変な組み合わせだな、もしかして今壇上で眠気を誘う音波を長々と発しているヅラ校長がセーラー服マニアなのか、とか考えているあいだにテンプレートでダルダルな入学式がつつがなく終了し、俺は配属された一年五組の教室へ嫌でも一年間は面を付き合わせねばならないクラスメイトたちとぞろぞろ入った。
 担任の岡部なる若い青年教師は教壇に上がるや鏡の前で小一時間練習したような明朗活発な笑顔を俺たちに向け、自分が体育教師であること、ハンドボール部の顧問をしていること、大学時代にハンドボール部で活躍しリーグ戦ではそこそこいいところまで勝ちあがったこと、現在この高校のハンドボール部は部員数が少ないので入部即レギュラーは保障されたも同然であること、ハンドボール以上に面白い球技はこの世に存在しないであろうことをひとしきり喋り終えるともう話すことがなくなったらしく、
「みんなに自己紹介をしてもらおう」
 と言い出した。
 まあありがちな展開だし、心積もりもしてあったから驚くことでもない。
 出席番号順に男女交互で並んでいる左端から一人一人立ち上がり、氏名、出身中学プラスα(趣味とか好きな食べ物とか)をあるいはぼそぼそとあるいは調子よく、あるいはダダ滑りするギャグを交えて教室の温度を下げながら、だんだんと俺の番が近づいてきた。緊張の一瞬である。解るだろ?
 頭でひねっていた最低限のセリフを何とか噛まずに言い終え、やるべきことをやったという開放感に包まれながら俺は着席した。替わりに後ろの奴が立ち上がり−−−ああ、俺は生涯このことを忘れないだろうな−−−後々語り草となる言葉をのたまった。
「東中出身、涼宮ハルヒ」
 ここまでは普通だった。真後ろの席を身体をよじって見るのもおっくうなので俺は前を向いたまま、その涼やかな声を聞いた。
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来なさい。以上」
 さすがに振り向いたね。
 長くて真っ直ぐな黒い髪にカチューシャつけて、クラス全員の視線を傲然と受け止める顔はこの上なく整った目鼻立ち、意志の強そうな大きくて黒い目を異常に長いまつげが縁取り、淡桃色の唇を固く引き結んだ女。
 ハルヒの白い喉がやけにまばゆかったのを覚えている。えらい美人がそこにいた。
 ハルヒは喧嘩でも売るような目つきでゆっくりと教室を見渡し、最後に大口開けて見上げている俺をじろりと睨むと、にこりともせず着席した。
 これってギャグなの?
 おそらく全員の頭にどういうリアクションをとればいいのか、疑問符が浮かんでいたことだろう。「ここ、笑うとこ?」
 結果から言うと、それはギャグでも笑いどころでもなかった。涼宮ハルヒは、いつだろうがどこだろうが冗談などは言わない。
 常に大マジなのだ。
 のにち身をもってそのことを知った俺が言うんだから間違いはない。
 沈黙の要請が三十秒ほど教室を飛び回り、やがて体育教師岡部がためらいがちに次の生徒を指名して、白くなっていた空気はようやく正常化した。

 こうして俺たちは出会っちまった。
 しみじみと思う、偶然だと信じたい、と。

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涼宮ハルヒの退屈角川スニーカー文庫■涼宮ハルヒの退屈
プロローグ

 涼宮ハルヒと言うよりは俺が憂鬱だったのではないかと思われるSOS団発足記念日は思い起こせば春先のことであり、やはりハルヒではなく俺がすっかり溜息づくしだった自主映画撮影にまつわる出来事はいちおう暦上で秋になってのことだった。
 その間の約半年の時間が経過しているのも当然ながら、春休みを挟んだその半年間にハルヒが手をこまねいて時が過ぎるままに任せているわけでもなく、当たり前のように俺たちは理不尽かつわけの解らない事件とか事件なのかどうかも解らない事件モドキみたいなものにさんざん巻き込まれていたのは言うまでもないだろう。
 何と言っても季節が季節だ。気温の上昇とともにそこら中から虫がやたら出てくるのと同様に、ハルヒの頭の中からも謎のような思いつきがまろび出て、出てくるだけならまだしもその思いつきを俺たちの手でもって何とかしなければならないという不条理な事態が待ち受けていたのは、ホントどうしたものだろうね。
 小泉や長門や朝比奈さんがどう思っているかはよく解らないが、少なくとも俺の自覚症状としては気力体力充分なパラメータを保持しているにもかかわらず、何だかすっかり腹一杯喰いすぎて自重で動けなくなった小さくて丸っこい動物のような気分を毎度のように味わわされていて、こうなれば最後、坂道をコロコロ転がり落ちるだけである。
 今も転がっている最中なのかもしれないな。
 なんせハルヒは頭の中が常に愉快な事で満たされていないと決まってロクでもないことを考え始めるという他人にすれば迷惑この上ない習性を持っている。とくかく何もしなくていい、みたいな状況が我慢ならないらしい。何もないなら無理矢理することを探し始めるような奴なのだ。そして俺の経験上、ハルヒが何かを口走って俺たちが安寧の心地に浸ったことはない。これからもまいかもしれない。なんてヤツだ。
 いい悪いは別にして、何よりも退屈を嫌う女、それが涼宮ハルヒであった。
 というわけで憂鬱から溜息に移り変わる半年間、俺たちSOS団がこうむることになった退屈しのぎのアレやコレやをせっかくなのでここで紹介したい。何がせっかくなのかは俺にだって知れたことではないが、語っても損することはないだろうし、せめて誰か一人にでも俺の抱えることになったこの名状しがたい気分を共有してもらえたら本望だ。
 そうだな・・・・・・、まずあのマヌケな野球大会のことから始めようか。

涼宮ハルヒの退屈

 ある日の「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」、略してSOS団のアジト(正確にはまだ文芸部部室)で、涼宮ハルヒは甲子園で一番クジを引いた野球部キャプテンの選手宣誓のような溌剌さとともに高らかに宣言した。
 「野球大会に出るわよ!」
 六月であり、放課後であった。あの、俺にとっては悪夢のような事件から二週間後のことであり、おかげでろくすっぽ勉強に集中できなかったため悪夢そのものだった中間試験の結果が返りつつある初夏の頃でもあった。
 そのくせハルヒはどう控えめに見ても全然授業を真面目に聞いていたのに一人で成績学年ベスト10に名を連ねているのだから、この世に神がいるのだとしたら、そいつには人を見る目がまったくないか、よほどの根性悪に違いない。
 ・・・・・・まあ、そんなのはどうでもいいんだ。今、ハルヒが叫んだセリフのほうがよほど問題だ。なんつった、今こいつ?
 俺はこの部屋にいる俺以外の三つの顔を見回した。
 最初に見たのは、中学生みたいな童顔の上級生、朝比奈みくるさんだった。白い羽を背中につけたら今にも天へと帰っていきそうな顔立ちの、とんでもなく可愛いお方である。そのお顔と小柄な身長に似合わず、これまたとんでもなくグラマラスであることを俺は知っている。
 なぜか唯一この高校の制服を着ていない朝比奈さんは現在、薄ピンクのナース姿に身をまとい、麗しい唇を形良く半開きにしてハルヒを見つめていた。彼女がナースの格好をしているのは看護学生でもなければコスプレマニアというわけでもなく、単なるハルヒの指令によるものだ。またどこかの怪しいネット通販で入手したのだろう、ハルヒが持ってきて強制的に朝比奈さんにあてがったのである。万人が思い浮かべるであろう「いったいそれに何の意味があるのか?」という問いには、こう答えよう。
「ねーよ、んなもん」
 かつてハルヒは、「この部室にいる時は常にこの衣装を着ていなさい。絶対よ!」などと命令調で明言し、朝比奈さんは「そそ、そんな・・・」と、半泣きになりつつも生真面目に言いつけを守っているのだった。あまりのいじらしさに時々後ろから抱きつきたくなるほどだったが、まだやったことはない。誓ってもいい。
 ちなみに二週間ほど前はメイド服が標準で、今もそのメイド衣装は部室の片隅でハンガーに掛けられてぶら下がっている。こっちのほうが可愛いし似合っているし俺の趣味に合致しているので、そろそろ原点に回帰して欲しいと俺は考えている。たぶん、朝比奈さんならリクエストに応じてくれるだろう。悩ましくも恥じらいながら。うん、実にいいね。
 その今はナースの朝比奈さんは、野球がどうしたというハルヒの宣言を聞いた後、
「え・・・?」
 カナリアの挨拶のような可愛らしい声でリアクションしたきり、絶句を続けている。無理もない反応だ。
 俺は次に、この場にいるもう一人の女子の顔へと視線を向けた。
 背丈は朝比奈さんとどっこいだが存在感ではヒマワリとツクシくらいの違いがある長門有希は、いつものように何も聞こえていなかったかのごとく、分厚いハードカバーを開けたままページからまったく視線を逸らさない。数十秒おきに指が動いて頁をめくるので、ようやくこいつが生きていることが解るくらいだ。日本語を覚えたてのセキセイインコでももう少し喋るだろうし、冬眠中のハムスターでもこいつよりは身動きすると思うね。
 いてもいなくても同じような奴なので別に力を入れて描写するところでもないのだが、一応紹介しておくと、こいつは俺やハルヒと同じ一年生で、この部室が本来所属するクラブの生徒、一人しかいない文芸部員だ。つまりSOS団なる我等が同好会は、文芸部の部室を間借りするというか実は寄生も同然にここを根城にしているのである。もちろん学校側の承認はまだ受けていない。この前出した創部申請書は生徒会から門前払いをくらった。
「・・・・・・・・・」
 無反応な長門の顔をずらすと、その横に小泉一樹のニヤケハンサム面があった。面白そうな顔をして、俺に視線を投げかけている。意味もなくむかつく。長門に輪をかけてこいつなんかどうでもいい。この謎の転校生男----もっとも謎がどうのと言っていたのはハルヒだけだったが----は、前髪をパサリと払って、いまいましいまでに整った顔を笑いの形に歪めた。そして俺と目が合うと、殴りたくなるくらい様な仕草で肩をすくめて見せた。殴って欲しいのか、こいつは?
「何に出るって?」
誰も反応しないので、いつものように俺はしぶしぶハルヒに訊き返した。どうしてみんな俺をハルヒの通訳係にしたがるんだ。迷惑この上ないぞ。
「これ」
得意満面の表情でハルヒが俺に差し出したのは、一枚のチラシだった。チラシにいい思い出のない朝比奈さんが密かに身を縮めるのを視界の脇に捕らえながら、俺はその紙切れに書いてある文字を音読する。
「第九回市内アマチュア野球大会参加募集のお知らせ」
 この市における草野球チャンピオンチームをトーナメント方式で決定しようとかなんとか。主催は役所で、毎年おこなわれている由緒正しい催しなのだそうだ。
「ふーん」
 と、俺は呟いて顔を上げた。ハルヒの輝かしいまでに朗らかな顔がスマイル百%で至近距離にあった。俺は思わず半歩ほど後ずさり、
「で、誰が出るんだ、その草野球大会に」
 解っていたが訊いてみた。
「あたしたちに決まってるじゃない!」とハルヒは断言してくれる。
「その『たち』というのは、俺と朝比奈さんと長門と小泉も入っているのか?」
「あたりまえじゃないの」
「俺たちの意志はどうなるんだろう」
「あと四人、メンツを揃える必要があるわね」
例によって自分に都合の悪い話が耳に届かない奴である。ふと思いついた。
「お前、野球のルール知ってるのか?」
「知ってるわよ、そのくらい。投げたり打ったり走ったり滑ったりタックルしたりするスポーツよ。野球部に仮入部したこともあるから、一通りはこなしたわ」
「仮入部って、何日くらい行ってたんだ」
「一時間弱かしら。てんで面白くなかったからすぐに帰ってきたけど」
 その面白くなかった野球大会に、なぜ今更しかも俺たちが出場しなければならないのか。あまりに当然の疑問に対し、ハルヒは次のように答えた。
「我々の存在を天下に知らしめるチャンスだわ。この大会で優勝したら、SOS団の名前が一人歩きしていくきっかけになるかもしれないじゃないの。いい機会よ」
 こんな団の名がこれ以上耳目を集めることだけは勘弁してもらいたいし、だいたい一人歩きさせてどうするつもりなんだ。何が、いい機会、なんだ。

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涼宮ハルヒの暴走■涼宮ハルヒの暴走
序章・夏

 溜息にまみれた映画撮影以前、高校がまだ夏の長期休暇中での話だ。
 孤島でトンチキな推理劇を演じることになったSOS団夏期合宿から帰ってきて数日が経過し、ようやく俺は夏休み気分を味わい始めていた。
 なんせ強制連行も同然に連れて行かれた自称合宿は、こらえ性のない団長によって出発日時が休み初日に設定されてたもんだから、長い休みの最初の数日くらいは誰にも文句を言われず昼過ぎまで寝続ける日々を送ろうとしていた俺の周到な計画もあえなく破綻、おかげで身体が例年通りの夏休みモードに切り替わったのは七月も残り少なくなってからである。
 言うまでもなく学校からわんさと背負わされた課題の山なんてのを切り崩す気になんか全然ならず、なーにこんなもん八月にやりゃいいのさとかノンビリ構えているうちに七月はあっさり終了しちまい、八月に入ったら入ったで俺は見事なハシャギぶりでそこら中を飛び跳ねる妹を伴って田舎へ赴き、久しぶりに顔を合わせたイトコやらハトコやら甥やら姪やらと二週間ばかり川や海や山や草原で誰かにザマミロと言ってやりたいほど心ゆくまで遊び倒してやった。
 もちろんやりたくもない課題になんぞ、学習能力のある鳥が毒蛾の幼虫を忌避するがごとく手を出すことはなく、結果として設問を何一つ解くことなく遊びほうけた日数だけがカレンダー上に刻み込まれて、いつの間にやら八月も半ばを過ぎようとしていた頃・・・。
 それは人知れず始まっていた・・・
 らしい。

エンドレスエイト

 何かおかしい。
 そう気づき始めたのは、お盆を過ぎた夏の盛りの日のことだ。
 その時、俺は家の居間でダラダラしながら別に見たくもない高校野球をテレビで眺めていた。うっかり午前中なんかに起きてしまったせいで、ヒマではあるが山と積まれた夏休みの課題に立ち向かうほどの気力に満ちあふれているわけでもない、という程度には時間を持て余していたのである。
 テレビに映る試合は俺とはまったく縁もゆかりも行ったこともない県同士の闘いだが、判官贔屓的精神により7対0で負けているほうをなんとなく応援していると、何故だか解らないがそろそろハルヒが騒ぎ出すような気が、これもなんとなくした。
 ここしばらくハルヒとは顔を合わせていない。俺は妹を連れて母親の実家がある田舎まで避暑と先祖供養をかねて遠出しており、昨日帰ってきたばかりだ、それは毎年の行事だからであったわけなのだが、そもそも夏休みなんだからそうそうSOS団の連中とも会う機会はなく、当たり前と言えばその通りである。それに休みに入るや否や変な島に行って変な目に遭うというSOS団夏期合宿はとっくにすんでいる。いくらハルヒでも小旅行第二弾を言い出したりはしないだろう。それなりに満足している頃合いだ。
「それにしても」
 俺は呟き、どういうわけだか俺は鳴ってもいない携帯電話を、ふと−本当にふと、ストラップに指を引っかけて手元に引き寄せた時、部屋のどこかに隠しカメラでも仕込んであるのかと疑うべき事態が発生した。
 まさにベストタイミングとしか言いようのない無駄のなさ、電話が着信音をがなり立て始めやがったのだ。予知能力に目覚めてしまったのかと一瞬考え、頭を振って放棄する。ばからしい。
「何だってんだ」
 表示されている電話の主は、まさしく涼宮ハルヒに相違ない
 俺はスリーコールほど間を持たせた後、これまたなんとなくゆっくりと通話ボタンを押した。ハルヒが何を言い出すのか、すでに解っているような気分がして俺は自分を訝る。
『今日あんたヒマでしょ』
というのが第一ハルヒ声だった、
『二時ジャストに駅前に全員集合だから。ちゃんと来なさいよ』  と、言ったきり、あっさり切っちまいやがった。時候の挨拶も抜きならハローもなしだ。ついでに出たのが俺かどうかの確認すらしやがらねえ。さらに言えば、俺が今日がヒマだと何で解るんだ。これでも俺は・・・まあ、まったく何の予定もないわけだが。
 再び電話が鳴り出す。
「なんだ」
『持参物を言い忘れてたわ』
 早口な声が持ってくるべきものを告げて、
『それとあんたは自転車で来ること。それから十分なお金ね。おーばー♪』
 切れた。
 俺は電話を放り出して首を傾げた。何だろう、この夢の続きみたいな変な感覚は。
 涼しげな音がテレビから響いて目を遣ると、心情的敵チームの得点はとうとう二桁に達しているところだった。金属バットに硬球が当たる音が容赦なく俺に告げる。
 夏も終わりが近い。
 クーラーがガンガンに効かせた閉め切った部屋に、アブラゼミの大合唱が壁からしみ出すように漏れ届いていた。
「しょうがねえな」
 しかしハルヒの奴、夏休みが始まるや否や合宿と称して俺たちを変な島に連れて行っただけでは不十分だったのか。このクソ暑いのにいったい何をしようと言うんだ?俺は冷房の効いている場所から動く気は全然しないぜ。
 そう思いつつ、俺は言われたとおりのブツを出すために洋服箪笥へと向かった。

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涼宮ハルヒの消失■涼宮ハルヒの消失
プロローグ

 地球をアイスピックでつついたとしたら、ちょうど良い感じにカチ割れるじゃないかというくらいに冷え切った朝だった。いっそのこと、むしろ率先してカチ割りたいほどだ。
 とはいえ寒いのも当然で、それは今が冬だからだ。一ヶ月ちょい前の文化祭までがやたら暑かったと思えば十二月になった途端、ど忘れを思い出したかのように急激に冷え込みやがり、今年の日本には秋がなかったことを身にしみて実感する。誰かが商売繁盛の判じ物を呪文と勘違いしたんじゃないだろうな。シベリア寒気団の連中も、たまにはルートを変更すればいいのに。こう毎年やってくることもないだろう。
 地球の公転周期が狂ってやしないかと、俺が母なる大地の健康を気遣いながら歩いていると、
「よっ、キョン」
 追いついてきた軽薄な男が水素並みに軽い調子で俺の肩を叩いた。立ち止まるのはおっくううなので振り返るだけにした。
「よう、谷口」
 と俺は返答し、また前を向いて遥かな高みにある坂のてっぺんを恨めしく眺める。こんな坂道を毎日のように上っているんだから、体育の授業なんざもっと削ってもいいんじゃないか?毎朝がハイキングの通学路を歩く学生への心配りを担任岡部他の体育教師ももっとするべきだ。どうせ自分たちは車で来てるんだし。
「何をジジむさいこと言ってるんだ。早足で歩け。いい運動だぜ。身体が暖まるだろ。俺なんかほら見ろ、セーターも着てねえ。夏場は最悪だが、この季節にはちょうどいいぜ」
 やたら元気なのはいいことだが、その素となるのは何だ。俺にも少し振りかけてくれ。
 谷口はしまらない口元をニヤリとゆがめ、
「期末テストも終わっただろ。おかげで今年中に学校で学ぶことなんかもう何もねえよ。それよりもだ、素晴らしいイベントがもうすぐやってくるじゃねえか!」
 期末テストなら全校生徒に対して平等に降りかかり、平等に終わった。不公平なのは採点されて戻ってきた解答用紙に書き込まれている数字くらいのものだろう。
 俺はそろそろ予備校の心配をし始めた母親の様子を思い出しながら気分を暗澹とさせた。来年、二年になれば、クラス分けは志望校に沿って行われる。文系か理系か、国公立か私立か。
さあ、どうしような。
「そんなこと後で考えりゃあいい」谷口は笑い飛ばした。「もっと別に考えることがあるだろ?今日が何月何日かお前知ってるか?」
「十二月十七日」と俺。「それがどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねえ。一週間後に胸が躍るような日がやってくるのを、お前は知らんのか?」
「ああ、なるほど」俺は正解を思いついた。「終業式だな。確かに冬休みは心待ちするに足りるイベントだ」
 しかし谷口は、山火事に出くわした小動物のような一瞥をみまい、
「違うだろ!一週間後の日付をよーく思い出してみろ。自ずと解答にたどり着くだろーが」
「ふん」
 俺は鼻を鳴らして、もわっと白い息を吐いた。
 十二月二十四日。
 解ってたさ。来週に誰かのでっち上げか陰謀のような行事があるってことくらい、とっくにお見通しだ。誰が見逃しても俺が見逃せようはずもない。俺以上にこの手のイベントをめざとく発見する奴が近くの席に座っているのだからな。先月ハロウィンを見過ごしてしまったことを残念がっていたし、何かやるつもりなのは間違いない。
 いや、実は何をやるのかも知っている。
 昨日、部室で、涼宮ハルヒは確かにこう発言した・・・。

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涼宮ハルヒの動揺■涼宮ハルヒの動揺
ライブアライブ

 俺が高校に入学した年。
 涼宮ハルヒという名前を持つ人型の異常気象が北高で猛威を振るい始めたその年は、思えば色々あったもので、ありすぎるあまりいちいち思い出すのも面倒なくらいになっているのだが、いったんメモリーアルバムを遡れば、まあ本当になんやかんやとやってきたものだよなと我ながら呆れ返りたくなりつつも、そんな記憶の中に刻まれていたエピソードの一つに実はこんなものもあったという話をさせていただこう。

 それは夏の残した熱が列島の上空にわだかまり続け、まるで四季の移り変わりを操る気象兵器を誰かが誤作動させているのではないかと疑えるくらいに暑かった、暦上では秋のことである。
 その日、文化祭当日。
 頭の調子が年中調子ハズレな監督権プロデューサーが撮影開始を宣言してからすべての作業が終了するまで、出演者及び雑用係のカオスフレームをむやみに悪化させる特殊効果を発揮していたような、そんな底と間が抜け気味な迷惑映画ももっぱら俺のおかげで一応の完成を見せていた。
 文化祭初日の今日はその公開初日でもあり、『朝比奈ミクルの冒険 エピソード00』と題された映画とも朝比奈さんのPVとも知れぬシロモノは現在、視聴覚室で絶賛上映中のはずだ。
 はずだというのは他でもなく、俺はあのシュールレアリスムの極致に挑戦したようなバカ映画に自分の名前がクレジットされているところなどこれ以上見たくもないので、DVテープを映画研究部の連中に渡したあたりで部外者になることを決め込んでいたのである。
 幸いにも細かい交渉や宣伝行為は渉外活動となると、より以上に活発化するハルヒが団長自ら元気よく率先してやってくれている。
 ハルヒの奇行にそろそろ慣れ始めている北高生や教師どもはいいが、ヒマな父兄や一般人たちが校内をうろついているってのに、春先にも登場した例のバニーガール姿で宣伝ビラ撒いてんのもどうかと思うものの、おかげで無気力教室一年五組に属する俺やハルヒとは違い、それなりに行事参加している朝比奈さんと長門と古泉もそれぞれ自分たちのクラス企画に朝から従事できているのである意味御の字といえる。
 いまや俺の気も晴れ晴れとして澄み切った水面を映す明鏡のごとき心境だ。映画のデジタル編集が終わった段階で俺の背負い込んだ仕事もめでたく終了しているし、やや睡眠不足気味の頭をふらつかせながら長門の占いと古泉の演劇をチョロリとひやかす余裕もあるくらいだ。しょぼい県立校のさびれた文化祭とはいえお祭りはお祭りで、いつもと違う雰囲気を満喫するのも悪くない。
 今日の俺には決して看過できない使命があり、そしてその使命は一枚の紙片となって俺の手に握られているのだ。
 それは何かと言うまでもない。朝比奈さんのクラス企画による焼きそば喫茶の割引券である。
 どんな安茶葉だろうと彼女が給仕してくれるだけで天上の甘露に早変わりするのだから、その同じ手で差し出された焼きそばも高級中華料理店のまかない程度にはなるに違いなく、俺の腹を鳴かせるには十分な期待値が脳裏でゲージを上昇させているというわけだ。こうして校舎の階段を上る足取りもまるで翼つきの靴を履いているようだぜ。
 しかし、そんな怪談を突き抜けて天まで昇ろうかという気分の俺に、同行者がぬるま湯のような声をかけてきた。
「どうせなら無料招待券のほうがよかったんだがな」
 こんなイヤゴトを言いやがる口の持ち主は谷口以外にこの場にいない。ロケで池に飛び込ませちまった義理もあるし、せっかくなので誘ってやったというのにこれ以上何を求めると言うんだろうね。
「俺はノーギャラで水中ダイブさせられたんだぜ? ついでに言えば試写会にも招待されてねえ。まさか俺のシーンがカットされてるんじゃないだろうな。ずぶぬれの代償が焼きそば三十パーセントオフ程度じゃ割に合わねえな」
 つべこべ抜かすな。朝比奈さんがわざわざ呼び出してまでくれた割引券だぞ。それにノーギャラ出演が一番割に合ってないのはその朝比奈さんなんだ。今すぐアカデミー賞の選考委員にかけあってオスカー像を特別授与してあげたいくらいだ。

「不服なら来るな。とっとと帰れ」
 そう言った俺に、もう一人のツレが、
「まあまあ。いいじゃん谷口。どうせ食べ歩きするつもりだったんだろう?ありがたくご相伴にあずかろうよ」
 国木田だった。古泉とはまた別の意味で優等生面したこのクラスメイトは、
「それにキョンと一緒に行けばサービスしてくれるかもしれないよ。キャベツ多めとかさ。谷口もそのほうがいいだろ?」
「まあな」
 谷口はあっさり答えた。
「だが味にもよるな。なあキョン、朝比奈さんが料理すんじゃねえよな」
 そういえば給仕係だと言っていたような気がするが、それがどうかしたのか。
「ああ、なんとなくだが料理が下手そうなイメージがあるんでな。砂糖と塩を素で間違えてもあの人なら不思議じゃねえような」
 こいつといいハルヒといい、朝比奈さんをなんだと思っているんだ。いくらマスコット的メイドキャラ担当でも、今時そこまでドジな人間は幻想世界にしか住んでないぜ。せいぜいタイムマシンをなくしてオロオロするくらいのものだろう。未来人としてそれもどうかとは思うが。
「楽しみだね」と国木田。「コスプレ喫茶だっていう噂を聞いたよ。映画のウェイトレスとか、いつだったのかバニーガールにも驚いたけど、今度はどんな格好をしてるのかなあ」
「まったくだ」
 それには谷口も深く肯いた。こいつらは俺ほど朝比奈さんのメイド姿を見慣れていないからな。いちおう憐憫の情を感じておこう。
 階段から廊下に足を踏み出しながら、俺も思い描いていた。ウェイトレスと言えば映画で使用したパッツンパッツンのセクハラ衣装しか思い浮かばないくらいに脳みそが毒されていたから、ここでまともな衣装をまとって楚々と焼きそばを運んできてくれる朝比奈さんを眺めることは、まさしく網膜と心の洗濯という以外に何があろうか。いつも思うんだが、ハルヒの趣味は装飾過剰なんだよ。バニーの扮装で校門前に立てるくらいの剛構造の神経だから、あいつ自身にとってはちょうどいいのかもしれないが、そんな神経が誰の体内にも通っていると思ったら大間違いだ。
 朝比奈さんのクラス有志による手作りウェイトレス衣装か・・・。
 こればかりは谷口にならうしかないな。楽しみだ。まったくもって。

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